朝ぼらけタイガー

読んだ本のレビューが中心です。ランニングなどその他趣味の話も。NPOや自治体など「公益組織」向けのコンサルティングが本業です。元はwebディレクター。

follow us in feedly

レビュー:『ルポ 児童相談所』熱さを丁寧な取材に込めた真摯なルポルタージュ

金融のプロとして働く傍らNPO法人Living in Peaceを設立し日本の社会的養護下の子ども支援活動をしている慎さんによる著作。
国内の子ども支援関係者にはぜひとも読んで欲しい一冊です。
 

 丁寧で、真摯で、冷静な取材姿勢

本書は著者である慎さん自身が全国約十ヶ所の児童相談所を訪問し、100人以上の関係者インタビューを実施し、さらには二つの一時保護所に住み込みをして書かれた本です。慎さんは以前に児童養護施設でも住み込みを行っています。取材対象を理解するには自分自身がその環境に身を置くべきというのは言葉で言うのはとても簡単ですし、納得度も高いですが、それを実行に移すのはなかなかできることではありません。丁寧で真摯な姿勢にいつも頭が下がります。
 
本書ではもちろん定量的な調査データも使用されていますが、福祉等の対人支援の問題というのはデータには表れにくい難しさや深刻さがある分野ですので貴重な本です。
 
ルポルタージュという分野は著者がどれだけその取材対象にどっぷり浸かるかが面白さに関わってくると思っているのですが、その意味でこの本の取材姿勢はすごい。
そして重ねてすごいのはその「浸かり具合」自体は文章には表れておらず、非常に冷静な第三者の視点を貫いた上で語られていること。この辺りのバランス感覚も素晴らしい。
 
ちなみに、どっぷり浸ることは良いルポの条件だと思っていますが、その一方で書きぶりを冷静に書くことについてはそれだけが方法というわけではないとも思っています。私が福祉分野のルポルタージュで素晴らしい作品だと思っている『こんな夜更けにバナナかよ』も、自分自身が介助のボランティアグループの一員にも入りながら取材していた力作でしたが、『夜バナ』の語り口は第三者視点とは真逆のものです。著者自身がいちボランティアとして、取材者として見聞きしたものへの「戸惑い」や「悩み」「苦しさ」などを隠さずに表明している本で、その吐露自体が素晴らしい傑作です。
(『こんな夜更けにバナナかよ』については以前にレビューを書いていますので良かったらご覧ください)

 

22minutes.hatenablog.com

 
本書では『夜バナ』のような慎さん自身の「想いの吐露」のようなものはあまり強くは表されません。もちろん「個人的な見解」として慎さん自身の考えや感想は多く書かれていますが、その視線はあくまで冷静であるように感じます。それは慎さん自身のキャラクターもあるのかもしれませんが、ある程度意図的にコントロールされた書きぶりなのではないかと思っています。
 
本書のテーマである「児童相談所」というのは「叩かれやすい」立場にあります。
 
児童虐待の件数が増える中で、残念ながら子どもが死亡するケースも後を絶ちません。
そしてその中には、「児童相談所には相談されていたのに児童相談所側に深刻なケースと受け止めておらず見落とされたとされるケース」や、「児童相談所の勤務体制が過酷なものとなっているために対応しきれなかったケース」などが報道されることも少なくありません。
 
児童虐待という問題は、簡単にその原因を特定することができません。
虐待をしてしまう親の背景には、様々な社会課題が複雑に絡まり合っています。
そうした中で児童相談所はある意味分かりやすく責任を追求しやすい存在になってしまいやすいのではないかと思います。
 
児童相談所は虐待等の問題の「発生後」に対応をしている機関であり、十分に、そして適切に対応されていたとしても虐待の根絶自体とはまた別問題であるにも関わらず、そのような傾向が少なからずあるのではないかと感じています。
 
帯に力強く「告発では、解決しない」と書かれている本書からはそのような風潮にも一石を投じる強い意思を感じます。
(ちなみに児童相談所に関する書籍を探すと同じく新書で『告発』と冠した本が見つかるのですが、そちらに向けてのメッセージでもあるのでしょうか。帯のキャッチ誰が書いたものか分からないですけど)
 

児童相談所とはどんな場所か」は業界関係者ですら知らない

 さて。本書が児童相談所を冷静な視点で語るということが貴重なアプローチであることを指摘しましたが、世間一般で児童虐待関連に興味を持っている人に限らず、児童相談所は子ども支援の分野で活動している業界関係者ですら知らない人が多いといえます。
 
私自身、子ども支援の分野である程度活動をしてきた一人です。
児童養護施設に学生時代に4年間ボランティアとして関わり、そのうち3年間はその施設の非常勤の職員としても働いていました。その後社会人になってからも4年ほどNPOの活動で児童養護施設に関わり、複数の施設でのボランティア活動に関わりました。
また、学生時代には児童養護施設でのボランティアの他、ボランティアコーディネーターとしても活動をしており、子ども支援、子育て支援(親支援)、教育分野など関連する分野には直接・間接様々に関わってきました。
そして、今現在はNPOコンサルタントとして働いており、子ども支援関連の団体の支援をすることもあります。
 
こうした活動歴を持っていても、児童相談所のことはほとんど知りません。
私自身の業界への関わりが十分なものなのか、という点は難しいですが、児童相談所について知らない子ども支援業界関係者は少なくないと感じています。
 
児童相談所についてはそれぐらい情報がありません。
ですので、この本は業界関係者にとっても貴重な一冊であるといえます。
 

良い一時保護所と悪い一時保護所

前述の通り非常に冷静で丁寧な書きぶりの本書ですが、複数の児童相談所に取材した結果分かったこととして、児童相談所には「良い一時保護所と悪い一時保護所がある」と断じています。
その違いはあまりに大きい。少し引用させていただきましょう。
 
良い一時保護所では、良い学習支援員を採用しています。最も多く、かつうまくいっているケースは、引退したベテラン教員を採用して、その人が子どもの学力に合わせてかなり細やかに問題を準備していました。学校の学習環境には劣るものの、最大限の努力がなされています。
 
抑圧的な一時保護所では、人間は教育と養育によって成長するという認識が欠けているような気がしてなりません。前者を担う組織の代表格は学校、後者のそれは家庭です。学校などの教育現場においては、規律に基づいたある程度強権的な制度があり、子どもたちはそれに従うことを学びます。これはこれで重要なことで、規律を遵守するという思考回路がこの時期に成立していないと、その後の社会生活では様々な苦労をするからです。また同時に、この規律お中で子どもたちは学習をし、知識を得ていきます、ハードとソフトという区分けをするのならば、教育は子どもの成長に置いて、ハードの側面であるということができるでしょう。一方でソフトの側面を担当するのが養育です。養育は多くの場合家庭において行われ、そこは規律よりは自由、命令よりは受容が重視される場所です。(多少のしつけというものがされてはいるものの、養育環境においては基本的に子どもを受け入れる大人の存在があり、その中で子どもが愛着関係を築き、自己肯定感を育んでいく事になります、ドストエフスキーが最後の大作である『カラマーゾフの兄弟』において、「誰かに大切にされた経験はどんなに辛いことでも生き抜く力になる」といったことを書いていますが、まさにこれを言い当てています。)教育と養育は子どもの成長における両輪であり両者がバランス良く存在してこそ、人は本当の意味で成長をします、しかし、抑圧的な一時保護所では、生活のすべてが規律によってコントロールされており、教育はあっても養育の観点は感じられません。そこでは子どもが安心を感じることはできないのではないかと思います。
 
私は児童養護施設での学習支援に携わってきましたが、児童養護施設にいる子どもたちの多くは学習遅れの状態にあります。
ほとんどの子どもが自分の学年からマイナス1〜3学年は当たり前で、中学生や高校生の年齢であってもかけ算九九ができない、ということも残念ながら珍しくありません。
 
施設にいる子どもたちの多くが学習遅れになってしまう最大の原因はもちろん困難な家庭環境にあります。
学校に通うことが十分にはできていなかったり、ひどい場合には生きる死ぬといった環境にいて、文字通りの意味で勉強どころではなかったという子どもたちが多い。
ただ、遅れを発生させてしまう原因は家庭での養育の不十分さだけではありません。
 
子どもが保護された場合に最初に行くのが児童相談所内にある一時保護所です。子どもが家庭に復帰することができるのか、できないのであればどこでその子を養育するのかそうしたことを関係諸機関や親等が協議している間に一時的に子どもを保護する場所です。「一時的に」とはいっても、長い場合この期間は数ヶ月に及びます。また、この一時保護所にいる期間は外出が原則的に禁止され、当然学校にも通うことができません。親から強制的に隔離して保護している場合もあるため、子どもの安全を守るというのがその理由です。
 
そして措置が決り、施設への入所や里親家庭へ行ってからやっと学校に通うことができますが、ほとんどの場合転校を伴います。数カ月ぶりに行ける学校は全く知らない場所であり、学習進度もズレてしまいます。過酷な環境から開放された子どもたちがそのような環境で自律的な学習意欲のみで遅れを取り戻すというのはなかなか無理がありますし、学校現場も、そして施設も多忙を極める中で一人ひとりの子どもの学習遅れに適切なサポートをすることは難しいのが現状です。
 
こうして、一時保護所を経て措置された子どもたちの多くが、(保護前には比較的学校に通えていたとしても)構造的に学習遅れが発生しやすい状況にある、というのが現在の日本の社会的養護の実際です。
 
このように構造的にはある程度の理解をしていましたが、本作を読んで一時保護所での状況にここまでの差があることに改めて考えさせられました。
 
では、なぜこのような格差が生まれるのか。慎さんは規律的な一時保護所ができあがる理由について3点挙げています。
 
  1.  一時保護所には、非行、被虐待、精神障害の三種類の子どもが入ってくること
  2.  職員数の少なさ
  3.  そもそも職員が子どもの状況について想像力を持っていない場合が多いこと
 
職員の数が少ない中で、多種多様な事情を抱えた様々な状況の子どもが入ってくるために管理的な要素が強くなりやすい、ということは理解はできます。ただ、では十分に対応ができるだけの職員数を確保すれば良いのかというと3点目の理由が厳しいですね。
 
職員はいつでも外に出ることができ、一時保護所にいる時間は生活の一部でしかないのに対し、子どもは寝ても覚めても一時保護所内でのみ時間を過ごしているという点と、職員はルールをつくり遵守させる立場にあるのに対し、子どもはそれに従う立場であるという点に代表されます。
 
看守と囚人の役割を与えるとその役割に沿った行動をしてしまうというスタンフォード監獄実験を連想してしまうのは行きすぎでしょうか。
この3点目に対する施策として児童相談所に勤める職員は研修として3週間程度子どもたちと同じ生活を送ってみるということを提案しているのが、慎さんらしい。自身が児童養護施設児童相談所での職員としての泊まり込み取材をしているため説得力のある提案です。
 

子どもの権利を第一に

うまく行っている施設もうまくいっていない施設も取材し、そしてうまくいっていない原因についての考察も行った上で、最後のまとめとして現実的に一時保護所を改善していくためにどうすれば良いのかいくつかの方策を提案されています。
ここでは個人的に特に気になった提案を3つ紹介いたします。
 

①一時保護委託を増やす

児童相談所内の一時保護所で子どもを預かるのではなく、なるべく地域の中で子どもを預かれるようにすべきだという提案
 
児童養護施設や里親家庭などへ一時保護を委託することで、児童相談所内の一時保護所で必要以上の規律の中で子どもたちを管理する必要がなくなります。また、一時保護所にいく子どもたちは現状「神かくし」と言われる状態になってしまうことが少なからずあり、その問題を解消することもできます。
 
どういうことかというと、虐待等が通告され、家庭から保護された場合に、そのまま一時保護に入り、措置が決定するまで(場合によっては数ヶ月)外出ができなくなってしまいます。
 
前述の通り親から強制的に保護している場合もあり、子どもの安全のためという名目はありますが、近所の人や友だちや学校にも挨拶することもできないまま環境から切り離されてしまい、地域の側からすれば子どもがある日突然神かくしのように消えてしまうというような事態が発生していまし、保護児童としてもその状態のまま見知らぬ場所での生活を始めなくてはいけないということは必要以上に精神的な負担を強いていることでもあります。
 
こうした措置は子どもたちの意志や権利を尊重したものとはいえず改善すべきである、というのが慎さんの提案であり私も同感です。
 
地域内の施設や里親家庭に一時保護を委託することができれば、そこから学校に通うことができ、子どもに愛を持って接する養育環境としても環境が整っているといえます。(児童養護施設についてはまだまだなところもありますが)
 
また、児童の親の立場を考えても、子どもが急にいなくなってしまえば「あの家は子どもを児相にとられた」と地域内でのスティグマにつながってしまう可能性もありますが、地域内での一時保護委託が可能になると子どもは地域内である程度それまで通りの生活をすることができ、「子育てが一時的にキツい」という状況をより柔らかく伝えていくことができるのではないか、と慎さんはいいます。地域内で実際にどのように受け止められるかというのは実際には地域の事情にもよるのだろうと思いますが、少なくとも私が知っている複数の児童養護施設が一時保護委託先になった場合を考えると、十分に可能性はあると感じます。児童養護施設の中には地域の子育て支援センターを併設している施設もあり、子育て支援という文脈で施設と地域が関係を構築できている場合もあるからです。
 

②子ども支援の各セクターの連携

2点目に挙げられるのが子ども支援の各センターの連携です。特に一時保護委託先となる施設と児童相談所の連携について、本書では鳥取県内の事例が紹介されています。
 
鳥取こども学園では、児童相談所の所長経験者らが職員となって働いており、そのために児童相談所ととても強い関係性をもって一時保護委託を実施しています。園内には一時保護委託に特化した部門が存在しており、一時保護期間が長くなりそうな子どもいついては、鳥取子ども学園で保護するという機運がたっています。
 
特定のケースについて各セクターで情報共有を密にすることで連携がスムーズになるという事例は子ども支援の現場だけでなく、学校教育、高齢者福祉や医療等他の分野でも聞く話です。例えば学校内の職員間で子どもの授業態度や生活態度のケース共有を行うことで、学習遅れやその他の子どもたちの変化に早急に対応することができ、学力の向上や不登校の減少などにつながったという事例もあります。複数の関係者が事情を把握しておくことは、急な変化にも適切にフォローをし合うことにもつながります。もちろん、なかなかそれが簡単なことではないからこそ、良い事例としてニュースになるという側面もあると思いますが、紹介されている鳥取の事例のように児童相談所の所長経験者の活用など、ベテラン・シニア人材の知見を活用して全体をよりスムーズになるように考えていく、という方向性は今後特に対人支援に関わるさまざまな分野で必要になると感じます。
 

③外部監査の必要性

最後の一つが外部からの視点を取り入れるということです。良い対応を行うことができていない施設がなぜそのような状況が常態化してしまっているのかという点に対する慎さんの回答がこの外部監査です。
 
児童相談所に限らず行政組織一般に地域間格差が生まれやすい背景として、外部の目によるチェック体制が少ないことや、ガバナンスの弱さ(ここでいうガバナンスとはパフォーマンスを適切に発揮しない人材を罷免する力のこと)を指摘しており、適切な情報公開をすることや、②の各セクターとの連携とも合わせて児童相談所だけに子どもの問題を一極集中させないことが必要であるとしています。
 
適切な権限や専門性を持った組織の必要性に異論はありませんが、一極集中させることが外部の目の届きにくさにもつながっていくという指摘はまさにその通りであると思います。
 
 
慎さんの提案を見ていて感じるのは日本のソーシャルセクターでも最近よくいわれるようになってきた「コレクティブインパクト(集合的な課題解決)」の重要性です。
ただ、コレクティブインパクトというのは簡単なことではありません。
慎さんの現実的で前向きな提案を見て改めて、しっかりとしたコレクティブインパクトが1個1個丁寧に作られていく必要があると感じました。
 
かなり長くなりましたが、以上『ルポ児童相談所』の書評でした。
 
ちなみに。子どもの問題は社会的養護という範囲だけでも本書のテーマである児童相談所にとどまりません。
著者である慎さんが以前書いた記事がすばらしくまとまった記事を書いていらっしゃるので興味をお持ちの方はぜひお読みください。
 
また、慎さんのその他の著作もオススメしたいものが多いです。ここでは本書のテーマに関連する本として2冊をご紹介。 
働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む

働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む

 

児童養護施設に住み込んだときの話はこちらの本に書かれています。プロボノやボランティアとしてNPOに関わることを考えている方にオススメです。

 

未来が変わる働き方 (U25 SURVIVAL MANUAL SERIES)

未来が変わる働き方 (U25 SURVIVAL MANUAL SERIES)

 

こちらもプロボノに関する本です。プロボノ希望の方にもおススメしますが、プロボノからの支援を求めたいと考えているNPOの方にもぜひ読んで欲しい。プロボノマネジメントについて考えるヒントが詰まっています。