朝ぼらけタイガー

読んだ本のレビューが中心です。ランニングなどその他趣味の話も。NPOや自治体など「公益組織」向けのコンサルティングが本業です。元はwebディレクター。

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レビュー:「こんな夜更けにバナナかよ」福祉・ボランティアルポの傑作

大学時代に何度も読んだ本。昨年まで2年間活動した施設での学習支援ボランティアが佳境に入ったタイミングで久しぶりに読みました。

福祉もの・ボランティアもののルポルタージュとしては自分が知る中で最高の一冊です。

 

 

読んだきっかけ

本格的にボランティアに関わり初めて丸10年近いですが、活動しながら悩むことがあるたびに手に取る本でした。


初めて読んだのは大学一年の頃。当時参加していた児童養護施設での学習指導ボランティアがまったく上手くいかず、毎週の活動が辛くて辛くてしょうがなかったときに手に取りました。自分が抱えていた苦しさや感じていた難しさのいくつかが書かれていてハッとした覚えがあります。


2度目はその一年か一年半後。施設での学習指導ボランティアもやっと楽しくなりリーダーという立場になっていました。担当する子どもとの一対一の関係は良くなっていましたが、それだけでなく組織としてより効果を上げていくことを考えて、活動場所である施設との関係なども悩み始めた時期でした。当時、その施設での非常勤職員として宿直勤務にも入っており、宿直室で徹夜で読んだ記憶があります。(サボっていたわけではなく、待機時間中の過ごし方は自由でした)


その後も何度か手に取り部分的に読むことはありましたが、今回は久しぶりに通しで読み返しました。昨年3月まで2年間参加していた活動は児童養護施設での学習指導ボランティア。まさに大学時代に自分がいちばん関わっていた活動と似た活動です。活動も締めくくりの時期になり、楽しさや難しさなどいろいろと改めて考えているうちに、久しぶりにこの本を思い出して読みながら考えたくなりました。

 

どんな本?

前置きが長くなりました。本の内容に移りましょう。
鹿野さんという筋ジストロフィー症の患者さんと彼を支援するボランティアたちによる「自立生活」を取材したルポです。


筋ジストロフィーというのは体中の筋肉が徐々に動かなくなっていく難病です。鹿野さんは呼吸系の筋肉までが弱り、人工呼吸器をつけるまでに病気が進行した状態で、大勢のボランティアを自力で集めての自立生活を行っています。

 

鹿野さんという障害者のお話なのですが、さて、「障害者のお話」というといったい何を思い浮かべるでしょうか。
障害や福祉、医療といった側面、もしくはボランティアを始めとした支援についてでしょうか。もしくは、それらにまつわる「感動的な」お話といったものを思い浮かべる方もいるでしょうか。

 

人によってさまざまなものをイメージするでしょう。
ただ、身の回りに障害者の知り合いがいない人にとってはそれは非常に漠然としたイメージでしかないのではないかと思います。

 

この本がまずすごいところは、そういう普通の人がイメージしうる視点を盛り込めるだけ盛り込んでいるところです。

 

筋ジスという難病の患者の生活という「医療」の視点、
筋ジスにより徐々に様々なことができなくなっていく、つまり障害の程度が少しずつ重くなっていくという難しい「障害」の視点、
難病・重度障害の人間が地域の中で自立生活を送るという「福祉」の視点、
障害者の生活を支援する「ボランティア」という立場のあり方、
そしてこうした問題を社会的にどう捉え扱うべきなのかという「行政」や「政治」といった問題も出てきます。

 

単純に障害者にまつわる話といっても、そこにはいくつもの観点が存在します。
この本では考えうる観点をできるだけ網羅し問題の全体像の把握を試みているように感じます。

 

まずその観点の広さがすごいのですが、その視点の広さはこの著者が視点を広く持つ専門家だからではありません。
著者は福祉の門外漢として、障害者もボランティアも何にも知らない状態でこの世界に飛び込んできます。

 

そしてそこで活動しながら気づいたことを新鮮な驚きを隠さずに、考え、調べ、書いているのです。つまり初めて福祉の世界に飛び込んだ人が、どういう視点を持ちうるのかが表されている、といえます。

 

ボランティアに参加してここまで幅広く考えることのできる人というのもなかなか少ないと思いますので(福祉本職の人の標準的な視点がどうなのか、は個人的には分かりません)、活動しながら何かしら考えたことがあった人にとっては自分が考えた視点と似た観点もきっと書かれていることと思います。そして、もしかしたら自分がまだ気づいていなかった観点を知ることもできるでしょう。

 

また、視点の幅広さだけではなく、丁寧に深堀りをしているという点が本書を福祉ルポの傑作に高めています。

 

なぜ本書の深堀りの視点が魅力的なのか?

 

それは著者の取材が表面的なものではなく、著者自身がボランティア活動や鹿野さんとの個人的な関係の中に深く潜り込んでいるからです。


福祉も障害もボランティアもなんとなくのイメージでしか知らなかった著者が、実際に"鹿野ボラ”のローテーションに入り込み、鹿野さんの人となりや彼を取り巻くボランティアたち、彼らが作り上げる自立生活を目の当たりにし、驚き、考え、悩み、という過程がもらさず書いてあります。

 

何を悩んでいるのか。私は何を悩んでいるのか。
それをこれから順を追って話していかなければならない。
それにしても、健常者(つまり私)が、障害者について語るというのは、なかなかに難しい問題をいくつか含んでいるものだと思う。どこまで障害者の「立場」に立ってものが言えるのかという問題がまずある。また、彼らの生に厳しさをもたらしてきたのは、いつも健常者中心で物事を選ぼうとする社会なのだろうという負い目もある。そもそも障害者に対する「やさしさ」や「思いやり」とはいったい何だろう、などと考え始めると、それこそ際限がない。
誰しもやさしい自分を演じたいものだし、ただでさえ厳しい生の条件を背負って生きている人を、批判したり皮肉ったり、よもや谷底へ突き落とすようなことは言うべきでないと身構える

 

こうした、悩みの過程がそのまま表現されています。冒頭では障害の問題など何も知らない自分が感じていた先入観についても触れており、そこからこうした深い省察に移っていく過程に惹き込まれます。

 

福祉や教育など人と深く関わる分野に携わったことのある人なら想像がつくかと思いますが、福祉や教育の現場でぶち当たる問題にはほとんど答えの出ない問題ばかりです。なんとなくの美談やべき論に丸め込んでしまうのではなく、答えの出ない問題に悩みぬいて答えが出ないと苦しげに吐露する言葉は、この世界で悩んだことのある人間ならだれでも共感するでしょう。

 

ボランティアの難しさ①―人間同士の一対一の関係

さて、ではそうした福祉の現場で出会う答えの出ない問題とはいったいどういうものでしょうか。


私はこれまで様々なボランティアに関わってきました。自分自身でも多くのボランティアに参加してきましたし、ボランティアコーディネーターとしても多くのボランティアに関わってきましたので、この本もボランティア参加者の視点から読んでいました。
私が考えるボランティアとして一番難しくてやりがいのあるボランティアは福祉や教育など対人支援分野の長期ボランティアです。

 

対人支援というのは当然のことながら国家資格含めた専門職が活躍する分野なのですが、人手の足りなさや問題の切迫具合などからボランティア参加者もかなりの"重い”対応を求められることがあります。

 

また、期間の長短でいえばまちがいなく、同じ活動にある程度の期間携わるもの(頻度にもよるけど最低半年以上)の方が難しさも、楽しさもボランティアの魅力を感じることができます。

 

こうした福祉的現場での重さや期間の長さからくる複雑さが、表面的な取材では見えにくく、見ている側と実際に現場にいる人との温度感のギャップになってしまいがちです。(そしてそのギャップをひとっ飛びに超えてなんとなく伝わることだけを目指すことこそ、福祉やボランティアを語るときに「分かりやすい感動物語」にしてしまいたくなる原因の一つではないかと思います)

 

この本においては著者自身がそうした問題に正面から向き合っています。

 

例えば支援対象者との一対一の関係のあるべき姿とはどういうものなのか、という問題。個人的な人間関係と、助ける⇄助けられるという関係のバランスはなかなか難しい物がありますが、著者はここにはボランティアならではの難しさがあると指摘します。

 

それは「職業、仕事として割り切ることができない」ということです。

 

障害者は基本的に「ただの人」です。気に入らないことがあれば腹も立てるし、機嫌が良い時もあれば悪いこともある。そして、単純に気の合う合わないも、もちろんある。
「助けてあげる」という視点で支援に入った場合、障害者側の「思いもよらない」反発に戸惑ってしまうことはあります。それに対して支援者側がさらに腹を立てることもあります。なんで助けてあげたいのにそんな態度なの?とか、そんなことまで手伝ってあげるべきなの?とか。


福祉や医療の専門職として関わっている場合、思い通りにいかないことがあっても「これは仕事だ」と割り切ることができます。一方でボランティアとして入っている場合、「ここまでやればいい」という範囲が明確でない場合が多いことや、そもそもが自主性に依拠しているため業務範囲があらかじて定められている場合であってもそれを超えてしまう場合は多くあります(運用上のルールをきっちりしておくことはもちろん大切ですが、そのルールに当てはまらない場面もどうやっても出てきます)。仕事として割り切ることができず自分でかかえてしまう。これが苦しさにつながる。

 

人間同士の一対一の関係について嫌でも突き詰めて考えなければいけない場面。

 

いや、それって普通の関係と同じじゃないの?と思われる方もいるかもしれません。それは、もちろんそうなのです。が、当たり前の人間同士としての関係として捉えることを求められるようでいて、人によってはその「普通の関係」の中で人との関係性を突き詰めて考えなければならない場面に実は出会ったことがないという方も決して少なく無いのではないかと思います。

 

ここに福祉関係、教育関係など人と深く関わるボランティアの難しさが現れます。

 

そして、なんとも印象的な本書のタイトルはこの難しさを端的に表している作中のとある人物の言葉から取られています。秀逸です。

 

ボランティアの難しさ②―複数の関係者がいること。

ここまで「一対一の関係」の難しさについて書きましたが、一方でボランティアに関わる上での人間関係の難しさには「複数の人が関わる」という点もあります。

 

鹿野さんの周りにもたくさんの人たちがいます。

 

  • 鹿野ボラのチームメンバー。初心者もベテランもいれば、気の合う人も合わない人もいます。
  • 福祉関係者。鹿野さんの支援にボランティアではなく、福祉職の立場から関わる人もいます。
  • 医療関係者。難病と戦っている鹿野さんには医療関係の専門家も関わっています。
  • 家族。鹿野さんのお母様が登場しましたね。
  • 交友関係。友達や恋人など。

 

一人の人間の周りにはたくさんの人がいる。これも当たり前の話ではあるのですが、一人の人間の「支援」を考えた時に、それぞれの立場によって言動は変わってきますし、ときにはすれ違いも起こりします。個人的なすれ違いではなく、制度上とか立場上とか、別の部分ですれ違いが発生するとけっこうややこしい。

 

鹿野ボラチームの中の崩壊の危機や内部の人間関係のゴタゴタなんかも描かれていましたが、どこのボランティアチームでも大なり小なり起こることです。一対一の関係を突き詰めることも難しい中、支援に関わる人は多く存在しそこも同時に考えていかざるを得ないという点にもボランティアを続けていくことの難しさがあります。

 

ボランティアの難しさーまだまだあるけど。そして難しさがあるからこその楽しさ。

ボランティアの難しさ。というかボランティアにまつわるテーマであればいくらでも語ることができてしまいます。


ただ、このまま思いつくまま書いていくと際限なく長くなってしまうのでやめておきます。


テーマだけ挙げておいて、後で余裕があれば別に書きましょう。

 

「自発性と責任の問題」
「長期ボラと短期ボラ」
「組織としての継続性」

 

などなどは、この本の中でも語られていて考えがいのあるテーマたち。

 

こうして書いてくるとなんだ難しいことばっかりだなという感じですが、こうした普段の生活ではなかなか考えないような難しい視点で考えることを求められるところに楽しさや充実感があるのも事実。だからこそ、せっかく関わるなら長期のボランティアがおすすめなのです。

 

「人の役に立つ」とはなんだろうか

人の役に立つこと

 

ボランティアとは何ぞやと尋ねられて、多くの人がイメージする答えではないでしょうか。

 

ボランティアとは人の役に立つものである、と。

 

実際その通りです。それがなかったら成り立たないですし、そこに喜びを感じるからこそ続けている人間が多い。

 

ただ、人の役に立つって、よくよく考えると難しいものです。

 

助ける、助けられるという関係性。
相手と自分との一対一の関係がどうあるべきか。
相手のできないことをしてあげるという関係でいながら、対等な関係を結ぶということはどういうことか。
そもそも対等な関係とは何か?人との関係は対等であるべきなのか?
どういう場合に対等であるべきなのか?

 

こういった人と人との関係における問題を究極的な形で問われる場面が福祉の分野では多く現れます。

 

もちろんこうした問題は福祉という世界だけに存在するわけではありません。
日常生活、私達の身の回りの人とのごくありふれた関係の中にも突き詰めれればこうしたん問題は出てきます。

 

でもここまで究極的な問題に出会うことはまれです。

 

究極的だけど本質的。

 

それが、ボランティアの世界で感じることができる大きな魅力の一つだと思います。

 

「ある分野について知りたければ、その分野の極端な事例について知り考えることが重要である。そうすることによってその分野についての洞察を深め理解を早めることができる」と世界的なデザインファームのIDEOのティム・ブラウンは著書の中で言っていました。(デザイン思考が世界を変える (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)


この言葉非常に好きなのですが、この本に描かれる、そしてこのエントリで語ってきた「極端な問題」に出会うことのできるボランティアは、社会や人を知る上で非常に貴重な視点を提供してくるものだと考えています。


昨年後半からプロボノ促進の活動という中間支援もやっていますが、やはり「現場」のアツさや難しさを知ることも大事。

 

活動促進をする上でもこの視点は忘れずにいたいところです。

 

「本業のスキルをNPOでも活かす」というプロボノ活動は各NPOの現場よりはバックオフィス系業務で活躍を求められることが多いですので、その「プロボノを促進するという立場」は、さらに間接的な支援となり支援の現場から遠くなりすぎてしまうという点があるのかなと考えています。

 


ということで、長々と書いてしまいましたが、とにかくこの本非常におすすめです。
ボランティアしたことある人にも、これからしてみようかなと考えている人も、ぜひどうぞ。