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朝ぼらけタイガー

読んだ本のレビューが中心です。ランニングなどその他趣味の話も。NPOや自治体など「公益組織」向けのコンサルティングが本業です。元はwebディレクター。

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レビュー:『彦左衛門外記』歴史の虚構性を暴く"まじめにいいかげん"な周五郎の異色作。

11:書評 小説
本日は、昨年末に読んだ周五郎です。
 
彦左衛門外記 (新潮文庫)

彦左衛門外記 (新潮文庫)

 

 

年末に読むものって選ぶの毎回迷うんですよね。なんとなく年明けには新年1冊目として切り良く始めたいという気持ちがあるので、年末は残りの日数を考えて年内に読み終わりそうなものを選びます。周五郎の積読もたくさんあったのですが、手元にある中では一番薄くてちょうど良いかなと思いこれ選びました。あらすじを読んだ感じ滑稽物っぽくて気軽に読めそうでしたし。
 
実際には面白すぎてあっと言う間に読んでしまい、もう一冊別の本を年末用として選ぶことになったのですが。
 

数ある山本周五郎作品の中でもとびき異色作 

裏表紙のあらすじを読むと、「抱腹絶倒の異色作」なんて書いてあったので滑稽物なのだろうなと思って読み始めました。有名な長編作では人の生きる姿勢を問いかけるような真面目な作品が多い山本周五郎ですが、短中編の中には風刺の効いた作品や笑えるような作品もかなり多いです。ただ、そんな中でもとびきりの異色作でした。
 
解説でも指摘が。
 
たぶん『彦左衛門外記』に接した多くの山本周五郎ファンは、おやっとはじめ思われたに違いない。これは自分が愛読し、なれ親しんで来た、いつもの山本周五郎とは違うと。

 

まさにその通り。周五郎作品を読んでる人ほど感じる違和感。ファンや世間のイメージを完全にぶち壊しにいく姿勢が見て取れます。
こういう挑戦的とも言えるような作品を書く小説家はたまにいらしゃいますが、ファンの間でも評価が分かれたりしますよね。個人的には好きなことが多いです。この作品も違和感ありつつも楽しすぎて一気に読んでしまいました。
 
異色たる要素はいくつかあるのですが、大きな仕掛けは2つ。
 

歴史の虚構性の指摘

まず一つ目が「歴史の虚構性の指摘」 。
 
タイトルの彦左衛門とは大久保彦左衛門のこと。
「天下のご意見番というフレーズを聞いたことのある方もいらっしゃるかと思いますが、大久保彦左衛門がその元ネタです。
 
徳川家康の直臣として仕えた旗本。戦国の徳川の歴戦で奮戦、勲功を上げた武将であり、一介の旗本武士にすぎないながら、家康からの信頼も篤く、生まれながらの将軍・3代家光にもしばしば意見をした、という伝説的な人物です。
 
話の主人公は彦左衛門の甥の数馬。一目惚れをした大名の娘・ちづか姫につりあう身分を目指すため立身出世を試みることにした彼は、戦国武士の生き残りであった伯父の彦左衛門に目をつけ、彼の歴戦獅子奮迅の戦記を捏造し、「天下のご意見番」としての家康のお墨付きを偽造するという手段を実行します。
ちづか姫との結婚のためのみに実行した方策だったが、いつのまにか周囲を巻き込んだ大事になり、、、というのが大筋。
 
大筋というか、もう本当にそれだけのお話です。
このお話の中で天下のご意見番という伝説的なエピソードを持つ人物は、どのようにして作り上げられたのかということを、相当に無茶苦茶なばかばかしいエピソードで暴露しにかかるのです。伝説的な人物は真実つまらない人間であったし、つまらない思いつきから簡単にできあがってしまうものであると。
 
何が真実かではなく、真実だと思いたいものに傾いてしまう
 
これは世の常人の常なのであって、当時の社会に対しての皮肉としての意味もあったのでしょう。そして同時に、人生いかに生きるべきかというような重厚なテーマを扱う作家としてのイメージで見られがちになっていた当時の周五郎イメージに対する皮肉という意味もあったのでしょう。
 

物語への侵入 

歴史エピソードのトリックをあばく、という大胆なテーマを持つ本作品ですが、もう一つの仕掛けがあります。
それは、作品内への作者の登場、です。
 
同じ歴史小説だと司馬遼太郎作品にはよく作者が登場しますね。タクシーの運転手とこんな会話をした、というような小説の舞台となっている場所を訪れた時の作者本人のエピソードを紀行文的に語る形式です。
 
本作品における周五郎本人の登場はそれとは違います。一登場人物として物語の中に侵入し、登場人物たちと会話するのです。小説を書き進めていくための取材といった雰囲気でインタビューともつかないような会話やモノローグをしていきます。
 
面白いのは、登場人物とのやりとりに腹を立てその登場人物の存在を消してやろうか、というような物騒なメタ発言まで飛び出すところ。
 
こうしたメタな仕掛けの意図はなんでしょうか。
 
それは、この作品は先に指摘した通り大久保彦左衛門という伝説的人物の虚構性をあばく作品でありながら、そのあばきの物語自身すらも物語である以上根本的に虚構であらざるを得ないという告白です。虚構であるということについての二段構えの暴露。ここまでギミック的な作品は周五郎作品の特に後期では珍しい。
 

江戸初期のカオスを表すいいかげんな登場人物 

仕掛けの面白い小説ですが、登場人物たちもなかなか魅力的です。良い意味で雑な感じがして。雑というかいいかげんというか。だいたい立身出世の方策が偽造というあたりからしてかっこいい物語ではないし、ちづか姫との恋も、敵の陰謀も、どれもまじめになりきろうとしないのです。
 
なんて適当な小説なんだ!と指摘することもできるでしょうが、むしろ時代背景を表すにはとてもよい方法なのではないかと考えます。
 
江戸時代も中後期になると文化的にも洗練されていきますが、江戸初期はまだまだ戦国の粗野で乱雑な雰囲気を引きずっているのですよね。徳川治世もまだ基盤ができあがっていないから町民の日々の暮らしも落ち着いていないし、にも関わらず太平的雰囲気はなんとなく醸成され始めている。武士は職業的アイデンティを失いつつあり不安の向け先を探しあぐねている、といった感じで社会全体になんとも言えないカオスがあったのだと思います。カオスだからこそ伝説的エピソードの入り込む余地もたくさんあったのだろうし、人々のカオスを表すにはこのぐらいいいかげんな登場人物たちが調度良いのだろうと思います。
 

以上 

といううことで、だいぶ面白い小説でした。
周五郎ファンはぜひ読むべし。
周五郎読んだことない人は、この一冊だけ読んでも面白いですが、十分に楽しむためには"真面目な周五郎"を一冊でも二冊でも読んでからこの本を手にしたほうが良いでしょう。
 

おまけ。今読んでる本。

『国家はなぜ衰退するのか』ダロン・アセモグル
『エピゲノムと生命』太田邦史

 

彦左衛門外記 (新潮文庫)

彦左衛門外記 (新潮文庫)

 

 

 

彦左衛門外記

彦左衛門外記