朝ぼらけタイガー

読んだ本のレビューが中心です。ランニングなどその他趣味の話も。NPOや自治体など「公益組織」向けのコンサルティングが本業です。元はwebディレクター。

follow us in feedly

レビュー:「脳には妙なクセがある」好奇心刺激され放題。

先日の「魚食の民」の記事、なんだかスターいくつもつけてもらって嬉しかったです。
食文化がどうこうとかね、あんまりリアルで登場する話題じゃないですけど、そういうの好きな人ちゃんと
居るんですよね。そういう当たり前のことを再確認できるのはインターネットの素敵なところ。
 
と、インターネットへの感想としては10年前みたいな言葉を出したところで本日の書評。
 

分かりやすくて面白い脳のお話。

「脳科学」という言葉というか、ジャンルは最近すっかりメジャーになりましたよね。
脳トレが流行ったり、わりとテレビ露出の多い脳科学者が現れたりして、脳科学の知見がテレビで披露されることが増えているように感じます。
まぁTVなし生活5年目なのであまり適当なこと言えないですがw
少なくとも5年前にはすでにメジャー感ありました。
 
テレビで紹介されているとなんとなーく良さそうなことのように感じてしまうことも多いですが、よくよく聞いてみるとけっこうおかしなことを言っていることも多かったりします。
あからさまな嘘を言っていることは少ないかと思いますが、本当かどうか確証の薄いことをそれっぽく言う、ぐらいの
レベルのものはわりとごろごろしています。
 
脳科学、というのは一般人にはなかなか手の届かないところなので、あーそういうものなのか、と受け入れてしまいがちな分野なのですが、
ちゃんと知りたい僕やアナタが読むのにぴったりなのがこの本。
 
すんごい分かりやすくて、すんごい面白い。
 
著者の池谷さんは東大の薬学系研究科の教授で、日本における脳研究の天才です。
一般人に最新の脳科学の知見を分かりやすく紹介することにかけても天才的なんですが、シナプス形成の仕組みを解明するなどご自身の成果も一般人に分かりやすくて素晴らしすぎます。
 
男脳と女脳の意外な違い、男性ホルモンや女性ホルモンが果たしている役割、どうしても避けられない強力な「後知恵バイアス」などなど、様々なテーマを取り上げています。
実験の内容などの説明が丁寧で分かりやすいのがすごくありがたいです。この手の分野は、こうなんですよそうなんですよ、とただただ説明をされるだけだといまいち楽しくないんですよね。テレビで取り上げられることも多いと書きましたが、やっぱりそうやって情報自体に触れる機会はものすごく多いので、雑な情報は楽しくないし、頭にも残らないです。その点、池谷さんの本は背景とか原因とかをしっかりと説明してくれるちゃんとした本ですので安心して楽しめます。
 
様々なテーマを短めにいくつも載せている形式の本なので、箇条書きに抜き出してしまうのはこの本の面白さを台無しにしてしまう気はするんですが、まとめるのも難しいので個人的にとくに面白かった部分を少しだけ取り上げることにします。
 

物に対する同情

同情という感情がありますが、これは人にだけ向けられるものではないという話。「痛そうな」人を見ると、同情ニューロンが反応して、それが人への共感やら思いやりやらにつながっていきますが、例えばテレビや携帯電話などをハンマーで破壊するシーンを見たときにも同じ回路が反応するらしい。つまり、人はモノに対しても同情する。で、ここから池谷さんが考えるのは、
「こうした物に向けられた同情こそが「もったいない」の源になっているのではないかと考えています。「もったいない」とは”物”を擬人化し、その”痛み”を脳に投影する精神活動なのでしょう」
ということ。なるほど・・・!
物に対して同情する、という言い方には違和感がありますが、それは「同情する」という言葉の成立が人対人の社会的な関係において使用するものとして後から生まれたものであるか感じるものであるわけで、脳の反応の方が言葉より先にあることを考えればこれは納得。
「もったいない」というのは日本人に特に強い概念だと言いますけど、日本人の脳はどのように物と人を見ているんでしょうね。物をとにかく擬人化して捉えるということなのか、物も人も同格に捉えるということなのか。ここらへんは物に魂を込める精神だったり、八百万の神々的な観念ともつながりがありそうで面白いポイントです。
 

後知恵バイアス

「やっぱりね」というときの「やっぱり」は、それほど「やっぱり」ではなかった可能性が高い。
私たちはあるできことが発生すると、それに応じて自分がそのできごとの発生前にどのように考えていたかの意識を改変してしまう。つまり、「かつての自分は正解こそしなかったとはいえ、それでも正解に近い解答をしていた」と思い込む傾向がある。
これ、怖い話ですよね。自分にはそうとしか思えないものが、実は改変された(改変した)思い込みでしかない。自分だけの勘違いで終わらずに、誰か相手との認識違いや言い争いにつながりうるといいますが、日々起こっている言い争いの原因に後知恵バイアスが絡んでいる可能性はけっこうあるということです。
避けようとしても取り除くのは難しいらしく、対策としてはただひとつ、謙虚になり、自分が間違っている可能性を念頭に置き続けることということです。これもまた、難しいですよね。
こうした認知ミス関連の話はデザイン系の本でも面白いものがありました。特に認知科学者のノーマン博士が書いている「誰のためのデザイン?」は最高に面白いのでこちらもオススメ。
 

エピジェネティクス

これは最近興味のあるテーマ。エピジェネティクスとは、遺伝子の機能発現の変化のこと。
遺伝子というのはなかなか変化しません。成長の過程でどうこうなったり、親から子へといった時間軸でどうにかなるものではなくて、進化レベルの長い時間が必要となります。ただし、染色体やDNAは後天的に化学装飾を受けることがあり、それにより発現する機能に変化がある、というものです。
このエピジェネティクスに関する最新の研究では、その影響が単に後天的であるというだけでなく、子どもや孫の世代まで影響が及ぶことが判明しているらしい。
これはすごいことですね。もう少し研究が進んで人のレベルでの話まで来ると、教育関連の知見と合わせて、貧困対策であったりとかに本気で活かされるときが来るかもしれないですね。
この分野は追加勉強予定です。ブルーバックスで出ている「エピゲノムと生命」あたりが面白そうだな、と狙っています。
 

「生理的に嫌い」「なんとなく好き」の正体

人の嗜好癖は本人のあずかり知らぬところ、つまり胎生期に形成されているようです。乳児期に出会った好き嫌いにより「条件付け」が行われ、さらにその条件付けが「汎化」され類似したものにまで適用されるようになる。こうして乳幼児期に形作られた嗜好は、意識上では無根拠なものであったり、あるいは誤解に基づいたものが少なくない。
これに対して池谷さんは、こうして「無意識にけいせいされた「わけがわからないけど」や「ただなんとなく」と感じる生理的な好悪癖こそが、人格や性格の圧倒的な部分を占めているだろうと想像」するとおっしゃっています。これは同感です。そういう言葉に出来ない部分があるから面白いということは多いですよね。
 

喩え話がうまい人はなにがすごいのか

メタファーというのも面白すぎるテーマの一つですね。この本で指摘されるのは「メタファーを利用すれば受け手の脳を強く活性化できる」という点。コミュニケーションというのは本質的に受け手主導の構図を取るものですが、メタファーを利用することは、相手の心を揺るがすことにつながり、受け手主導の大原則を逆転することになるかもしれないということです。
これはなるほどですね。喩え話のうまい人、というのはスマートな印象がありますが、それは比喩をうまく利用することによって話し手としてコミュニケーションを主導することに長けている、ということなのかもしれないですね。
 

意思は脳から生まれるのではなく、周囲の環境と身体の状況で決まる

この議論ちょう面白かった。池谷さん本人もこの考え方が、この本の通奏低音になっているとおっしゃっています。
「自由意志とは本人の錯覚にすぎず、実際の行動の第い部分は環境や刺激によって、あるいは普段の習慣によって決まっているということ」となかなか衝撃的なことが書かれます。まさに科学と哲学の交差する分野ですね。自由とはなにかというところは政治哲学の方面から考えるのも超面白い分野ですので、ここはまたゆっくり考えてみたいところです。
 

以上。

ということで。かなり厳選したつもりでしたがやはり長くなってしまいました。
しかも個人的にテンションの上がった部分を紹介しただけになってしまった。
まぁいいか。とにかく勉強したくなる分野が多すぎて困るぐらいに楽しい話がつまってました。
 
そして、最後の結びもさわやか。自分の意思というのは自分で思っているほど「自由に」決められるものではないかもしれない。
 
私たちの身体がどのように反応(反射)するかは、本人が過去にどれほど良い経験をしてきているかに依存しています。だから、「よく生きる」ことは、「よい経験をする」ことだと考えています。すると、「よい癖」がでます。
 
良い経験たくさんしましょう。ではまた。
 

おまけ。今読んでる本。

「人間の建設」岡潔/小林秀雄
「子どもの貧困Ⅱ」阿部彩
「センスは知識からはじまる」水野学
 

 

脳には妙なクセがある (扶桑社新書)

脳には妙なクセがある (扶桑社新書)