朝ぼらけタイガー

読んだ本のレビューが中心です。ランニングなどその他趣味の話も。NPOや自治体など「公益組織」向けのコンサルティングが本業です。元はwebディレクター。

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LIFE SHIFT時代のニッポンについて考える本 − 『LIFE SHIFT』について語るときに僕の語る本 ④

『LIFE SHIFT』について考える記事第4弾。いったんこれで最終回です。
 
第1弾 

第2弾

第3弾

 
第1弾で『LIFE SHIFT』について要約を行った上で、第2弾では「マルチステージの人生」を考えるための前提となる「働くこと」について考えるヒントとなる本を、第3弾では働き続けるために不可欠だが盲目的に働くことで損なわれてしまう可能性のある「活力資産」を貯める生活とはどんなものかを考える本を、それぞれ紹介しました。
 
これまでの記事では個人の視点から『LIFE SHIFT』について考えたいポイントについて述べてきました。第4弾となる本記事では少し視点を変え、『LIFE SHIFT』時代の日本社会とはどういうものか、私たちが人生100年を生きる社会の姿を考えるためのヒントになりそうな本について考えてみたいと思います。
 

『LIFE SHIFT』は万人に向けた本だろうか?

個人的には『LIFE SHIFT』で語られることは自分自身がすでに実感していたこととも近く、腑に落ちる本でした。「人生100年」がすべての人に訪れるわけでないとしても、少なくとも「働く期間の長期化」は起こってくるでしょうから、なるべく多くの人に読んで欲しいと感じています。
 
ただ、一方で本書全体に対して感じる違和感というか、冷めた視点も同時に持っています。身も蓋もない言い方をしてしまえば『LIFE SHIFT』は「意識高い系」の本です。
 
「意識高い系」という言葉はまったく好きではありませんが、ポートフォリオ・ワーカーとかインディペンデント・プロデューサーとか言われても「そんなのはできる人だけの話だ」と冷笑とともに切り捨てられてしまったり、場合によっては反発や対立を引き起こしてしまう危うさもあると感じています。
 
また、対立以前の問題として、そもそも『LIFE SHIFT』が警鐘を鳴らすような社会環境の変化に関心を示さないとか、理解できない層もありえます。
 
商品購入やサービス利用に関する態度のスピードについて考察するイノベーター理論では、最も革新的なイノベーターから最も保守的なラガードまでの5分類が正規分布に近い形で分布している図がよく用いられており、普及の鍵をにぎるのは2番目に感度の高いアーリーアダプター層までのおよそ16%をつかまえることができるかどうかだ、とされています。
 
もし、社会状況の変化やそれに対する意識の変化についても同じような分布図があったとして、その分布は果たして正規分布になるのでしょうか。
また、アーリーアダプターは一体何%居て、その層に普及するだけでマジョリティまで広がっていくのでしょうか。
 
「意識高い系」の本である『LIFE SHIFT』は基本的にアーリーアダプターまでに訴える本だと感じています。
その後の普及は、『LIFE SHIFT』を読んだ層の実践を通してその周囲に徐々に普及していくものなのでしょうか。
 
そのスピードと影響力は、公的年金制度の崩壊や労働市場の変革など、既存の社会ルールが壊れていくスピードと比べてどちらが早いのでしょうか。
アーリーアダプター層の実践がさらなる層への普及にもしつながらないとしたら、『LIFE SHIFT』は社会のさらなる分断へとつながるのではないだろうか。
 
個人的な姿勢として『LIFE SHIFT』に感銘を受けながらも、こうした疑問は次から次へと出てきました。
 
例えば、『LIFE SHIFT』では変革を社会が受け入れていくために多くの若者の社会参加や政治参加が必要だとしていますが、それは現実的にはどのように可能でしょうか。
私自身普段NPO支援という仕事をしていて、社会参加や政治参加というものを間接的に促す立場いますが、「参加態度・意識の低い人の参加をどのように促すのか」というのは現場で頻繁に聞かれる切実な問題です。ただ、少なくともそこに明確な絶対解のようなものはないように感じています。もちろん分野や問題により成功している事例はありますが、万能の方程式で解ける範囲は広くはなく、あくまで個別最適解を探していく必要がある、というのが難しいところです。(だからこそ「自治」というものの必要性や面白みがある、ということも感じますが)
 
こうして「社会」について思考を飛ばしたときに出てくる答えの出ない問題に対して、それでも行動をしながら考え続けてきたのが第1弾の記事で書いた通り私のこれまでの道のりだったと思いますし、きっとこれからもそうして行くのだと思います。
 
以下で紹介するのは個人的に考えたり行動をする上でのとっかかりになると感じている本や資料です。本記事では特に今後の日本社会について考えるという観点から2つ選んでみました。
 

日本社会の今後について考えるきっかけに

経済産業省の「次官・若手プロジェクト」によって出された提言書です。
 
この65ページにわたるスライド資料が非常に話題になり、勉強会やワークショップなども催されています。
 
おそらくですが『LIFE SHIFT』も念頭に置かれており、人生100年時代というキーワードは随所に使われています。内容としては今後の日本社会の変化に対して様々なデータを引きながら解説するというもので、結論としてどうすべきかという点では以下三点にまとめています。
 
  1. 一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、 働ける限り貢献する社会へ
  2. 子どもや教育への投資を財政における最優先課題に
  3. 「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に (公共事業・サイバー空間対策など)
 
全体で言われていること自体はそれほど新しい内容ではないという批判もあるようですが、経産省の「若手」による「自主プロジェクト」というあたりや、その打ち出し方は新しく、各方面で議論が巻き起こっている点も面白いですし、経産省の若手有志という方たちがどのように考えているのかという点もなかなか興味深いです。
 
この資料が結論としているのはつまりはどういうことを言っているのでしょうか。①や②はイメージのしやすい具体例であって、全体の方向性として③だよ!というのが言いたいのかな、というのが本資料を読んで感じたところです。
 
私自身NPO支援を仕事にしており「共助」の部分を厚くしていくということには方向性として賛成ですが「意欲と能力ある個人が担い手」になれるよう促すことは当然として、それにより国家は「公」の課題の重圧から逃れるということはないのであり、「民」や「共」をその言い訳や脅しのようにもし使ってしまっているとしたら怖いことです。(本資料がそこら辺どの程度意識しているのか資料からだけでは読み取れませんが)
 
本来議論すべきは「公」として「どこまでが国が守るべきラインなのか」について議論するということであると考えます。だとすると、こうしたプロジェクトに本来期待したいのはその部分についての国民議論を促すことだと思うのですが、やや炎上気味の反応も含めて受け止められていることで作者たちの思惑は達成しているのかな。どうなんでしょう。
 
少なくとも、リアルでの勉強会にまで一定のスピードで広がっていることや、本プロジェクトのFacebookページが立ち上げられ情報発信が続けられていることは価値あることと思います。
 
ちなみに。本資料をどう読み解くのか、議論すべき選択肢はどのようなものなのか、という点に関しては社会学者の鈴木謙介氏のブログ記事が分かりやすかったです。
 

 
 
続いて2冊目。
『縮小ニッポンの衝撃』
縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

 

 

昨年HHKで放送された同タイトルの番組を書籍化したものです。昨年の放送もかなり話題になっていましたが、その意欲的な内容にさらに追加取材を行ってまとめた一冊。強烈な内容に仕上がっています。
 
少子高齢化というキーワードは日本国民であればもはや聞き慣れた言葉となっていますが、それが進展するといったいどんな社会になって何がどう問題になるのか、具体的にイメージできる人はほとんどいないのではないでしょうか。
 
本書は、そのイメージをいくつかの自治体への取材を通して具体的にあぶり出すことを目的としています。本来はその処方箋まで描きたかったが、無理だったとエピローグに書かれていますが、そうしたネガティブな状況が日本全国どこにいても押し寄せてくるということを明確に示すために、一貫してネガティブな示し方に徹しているような印象も受けます。
 
ネガディブ・ポジティブの印象はともかくとして、少なくとも取材先である地域にとってはそれはすでに目の前に訪れている現実ですし、数字データと事例の合わせ技で語られる「縮小ニッポン」の姿は間近に迫ったこのままでは確実に訪れる将来の姿です。200ページ弱の本で一気に読ませる勢いがありますが、読んでいるうちに苦しくなりました。
 
『LIFE SHIFT』の著者であるリンダ・グラットンは「超長寿化」をLIFE SHIFT時代の前提だとしていましたが、超長寿を恩恵として受け取るためには個人として健康であり続けねばなりませんし、社会全体としての超高齢社会は社会にとっての負担増であることはこのままいけば厳然とした事実になります。行政サービスが縮小するということが私たち市民の生活をどのように変えるのか、すでに変わっているのか、まずは知り、想像してみることは大事な一歩だと思います。
 
そして、上述の経産省の若手ペーパーでも志向される「個による助け合い」の未来像がこの「縮小ニッポン」であるかもしれないという事実をどう受け止めれば良いでしょうか。LIFE SHIFT時代のマルチステージの人生を歩んでいくために「自分は何者か」というアイデンティティを明確にしておくことが必要だとされていましたが、視点を社会の側にも少し広げて「社会の中で自分は何者でありたいか」という点こそが考えるべき問いなのではないかなと感じています。
 
 
さて、以上で一旦終わりです。
 
 
社会について考えるためにも、自分について考えるためにも、色々と行動をして自分の目で見聞きすることが何よりですが、まずは本を読んで考えてみるというのも大切なことかと思いますので、今回の一連の記事で誰かの参考になる部分があれば幸いです。
 
ちなみに今回4記事にまとめましたが、他にもいくつか考えている視点がありました。いま読みながらあれこれ考えているのは、「小説からLIFE SHIFTを考えてみる」と「政治理論からLIFE SHIFTを考えてみる」ということ。小説の方は、「『地下室の手記』と『LIFE SHIFT』」で考えているのが個人的になかなか面白いなと思っているのですが、『地下室の手記』が全然消化しきれなくて文章にまとめられませんでした。政治理論の方は、新しく本を読んだり、大学時代に読んだ本を読み返したりしています。この辺りもまた少し考えが整理されたら文章にしてみたいと思います。
 
また、社会の変化というマクロ視点については今回は日本の文脈から考えましたが、世界全体の方から考えるというのも面白そうですし、技術の革新という方向から社会の変化を考えてみるというのも面白いと思っています。
 
ということで、特に全体を通してのまとめがあるわけではありません。
まだ考えながらの日々です。
 
縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)