朝ぼらけタイガー

読んだ本のレビューが中心です。ランニングなどその他趣味の話も。NPOや自治体など「公益組織」向けのコンサルティングが本業です。元はwebディレクター。

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LIFE SHIFT時代のニッポンについて考える本 − 『LIFE SHIFT』について語るときに僕の語る本 ④

『LIFE SHIFT』について考える記事第4弾。いったんこれで最終回です。
 
第1弾 

第2弾

第3弾

 
第1弾で『LIFE SHIFT』について要約を行った上で、第2弾では「マルチステージの人生」を考えるための前提となる「働くこと」について考えるヒントとなる本を、第3弾では働き続けるために不可欠だが盲目的に働くことで損なわれてしまう可能性のある「活力資産」を貯める生活とはどんなものかを考える本を、それぞれ紹介しました。
 
これまでの記事では個人の視点から『LIFE SHIFT』について考えたいポイントについて述べてきました。第4弾となる本記事では少し視点を変え、『LIFE SHIFT』時代の日本社会とはどういうものか、私たちが人生100年を生きる社会の姿を考えるためのヒントになりそうな本について考えてみたいと思います。
 

『LIFE SHIFT』は万人に向けた本だろうか?

個人的には『LIFE SHIFT』で語られることは自分自身がすでに実感していたこととも近く、腑に落ちる本でした。「人生100年」がすべての人に訪れるわけでないとしても、少なくとも「働く期間の長期化」は起こってくるでしょうから、なるべく多くの人に読んで欲しいと感じています。
 
ただ、一方で本書全体に対して感じる違和感というか、冷めた視点も同時に持っています。身も蓋もない言い方をしてしまえば『LIFE SHIFT』は「意識高い系」の本です。
 
「意識高い系」という言葉はまったく好きではありませんが、ポートフォリオ・ワーカーとかインディペンデント・プロデューサーとか言われても「そんなのはできる人だけの話だ」と冷笑とともに切り捨てられてしまったり、場合によっては反発や対立を引き起こしてしまう危うさもあると感じています。
 
また、対立以前の問題として、そもそも『LIFE SHIFT』が警鐘を鳴らすような社会環境の変化に関心を示さないとか、理解できない層もありえます。
 
商品購入やサービス利用に関する態度のスピードについて考察するイノベーター理論では、最も革新的なイノベーターから最も保守的なラガードまでの5分類が正規分布に近い形で分布している図がよく用いられており、普及の鍵をにぎるのは2番目に感度の高いアーリーアダプター層までのおよそ16%をつかまえることができるかどうかだ、とされています。
 
もし、社会状況の変化やそれに対する意識の変化についても同じような分布図があったとして、その分布は果たして正規分布になるのでしょうか。
また、アーリーアダプターは一体何%居て、その層に普及するだけでマジョリティまで広がっていくのでしょうか。
 
「意識高い系」の本である『LIFE SHIFT』は基本的にアーリーアダプターまでに訴える本だと感じています。
その後の普及は、『LIFE SHIFT』を読んだ層の実践を通してその周囲に徐々に普及していくものなのでしょうか。
 
そのスピードと影響力は、公的年金制度の崩壊や労働市場の変革など、既存の社会ルールが壊れていくスピードと比べてどちらが早いのでしょうか。
アーリーアダプター層の実践がさらなる層への普及にもしつながらないとしたら、『LIFE SHIFT』は社会のさらなる分断へとつながるのではないだろうか。
 
個人的な姿勢として『LIFE SHIFT』に感銘を受けながらも、こうした疑問は次から次へと出てきました。
 
例えば、『LIFE SHIFT』では変革を社会が受け入れていくために多くの若者の社会参加や政治参加が必要だとしていますが、それは現実的にはどのように可能でしょうか。
私自身普段NPO支援という仕事をしていて、社会参加や政治参加というものを間接的に促す立場いますが、「参加態度・意識の低い人の参加をどのように促すのか」というのは現場で頻繁に聞かれる切実な問題です。ただ、少なくともそこに明確な絶対解のようなものはないように感じています。もちろん分野や問題により成功している事例はありますが、万能の方程式で解ける範囲は広くはなく、あくまで個別最適解を探していく必要がある、というのが難しいところです。(だからこそ「自治」というものの必要性や面白みがある、ということも感じますが)
 
こうして「社会」について思考を飛ばしたときに出てくる答えの出ない問題に対して、それでも行動をしながら考え続けてきたのが第1弾の記事で書いた通り私のこれまでの道のりだったと思いますし、きっとこれからもそうして行くのだと思います。
 
以下で紹介するのは個人的に考えたり行動をする上でのとっかかりになると感じている本や資料です。本記事では特に今後の日本社会について考えるという観点から2つ選んでみました。
 

日本社会の今後について考えるきっかけに

経済産業省の「次官・若手プロジェクト」によって出された提言書です。
 
この65ページにわたるスライド資料が非常に話題になり、勉強会やワークショップなども催されています。
 
おそらくですが『LIFE SHIFT』も念頭に置かれており、人生100年時代というキーワードは随所に使われています。内容としては今後の日本社会の変化に対して様々なデータを引きながら解説するというもので、結論としてどうすべきかという点では以下三点にまとめています。
 
  1. 一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、 働ける限り貢献する社会へ
  2. 子どもや教育への投資を財政における最優先課題に
  3. 「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に (公共事業・サイバー空間対策など)
 
全体で言われていること自体はそれほど新しい内容ではないという批判もあるようですが、経産省の「若手」による「自主プロジェクト」というあたりや、その打ち出し方は新しく、各方面で議論が巻き起こっている点も面白いですし、経産省の若手有志という方たちがどのように考えているのかという点もなかなか興味深いです。
 
この資料が結論としているのはつまりはどういうことを言っているのでしょうか。①や②はイメージのしやすい具体例であって、全体の方向性として③だよ!というのが言いたいのかな、というのが本資料を読んで感じたところです。
 
私自身NPO支援を仕事にしており「共助」の部分を厚くしていくということには方向性として賛成ですが「意欲と能力ある個人が担い手」になれるよう促すことは当然として、それにより国家は「公」の課題の重圧から逃れるということはないのであり、「民」や「共」をその言い訳や脅しのようにもし使ってしまっているとしたら怖いことです。(本資料がそこら辺どの程度意識しているのか資料からだけでは読み取れませんが)
 
本来議論すべきは「公」として「どこまでが国が守るべきラインなのか」について議論するということであると考えます。だとすると、こうしたプロジェクトに本来期待したいのはその部分についての国民議論を促すことだと思うのですが、やや炎上気味の反応も含めて受け止められていることで作者たちの思惑は達成しているのかな。どうなんでしょう。
 
少なくとも、リアルでの勉強会にまで一定のスピードで広がっていることや、本プロジェクトのFacebookページが立ち上げられ情報発信が続けられていることは価値あることと思います。
 
ちなみに。本資料をどう読み解くのか、議論すべき選択肢はどのようなものなのか、という点に関しては社会学者の鈴木謙介氏のブログ記事が分かりやすかったです。
 

 
 
続いて2冊目。
『縮小ニッポンの衝撃』
縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

 

 

昨年HHKで放送された同タイトルの番組を書籍化したものです。昨年の放送もかなり話題になっていましたが、その意欲的な内容にさらに追加取材を行ってまとめた一冊。強烈な内容に仕上がっています。
 
少子高齢化というキーワードは日本国民であればもはや聞き慣れた言葉となっていますが、それが進展するといったいどんな社会になって何がどう問題になるのか、具体的にイメージできる人はほとんどいないのではないでしょうか。
 
本書は、そのイメージをいくつかの自治体への取材を通して具体的にあぶり出すことを目的としています。本来はその処方箋まで描きたかったが、無理だったとエピローグに書かれていますが、そうしたネガティブな状況が日本全国どこにいても押し寄せてくるということを明確に示すために、一貫してネガティブな示し方に徹しているような印象も受けます。
 
ネガディブ・ポジティブの印象はともかくとして、少なくとも取材先である地域にとってはそれはすでに目の前に訪れている現実ですし、数字データと事例の合わせ技で語られる「縮小ニッポン」の姿は間近に迫ったこのままでは確実に訪れる将来の姿です。200ページ弱の本で一気に読ませる勢いがありますが、読んでいるうちに苦しくなりました。
 
『LIFE SHIFT』の著者であるリンダ・グラットンは「超長寿化」をLIFE SHIFT時代の前提だとしていましたが、超長寿を恩恵として受け取るためには個人として健康であり続けねばなりませんし、社会全体としての超高齢社会は社会にとっての負担増であることはこのままいけば厳然とした事実になります。行政サービスが縮小するということが私たち市民の生活をどのように変えるのか、すでに変わっているのか、まずは知り、想像してみることは大事な一歩だと思います。
 
そして、上述の経産省の若手ペーパーでも志向される「個による助け合い」の未来像がこの「縮小ニッポン」であるかもしれないという事実をどう受け止めれば良いでしょうか。LIFE SHIFT時代のマルチステージの人生を歩んでいくために「自分は何者か」というアイデンティティを明確にしておくことが必要だとされていましたが、視点を社会の側にも少し広げて「社会の中で自分は何者でありたいか」という点こそが考えるべき問いなのではないかなと感じています。
 
 
さて、以上で一旦終わりです。
 
 
社会について考えるためにも、自分について考えるためにも、色々と行動をして自分の目で見聞きすることが何よりですが、まずは本を読んで考えてみるというのも大切なことかと思いますので、今回の一連の記事で誰かの参考になる部分があれば幸いです。
 
ちなみに今回4記事にまとめましたが、他にもいくつか考えている視点がありました。いま読みながらあれこれ考えているのは、「小説からLIFE SHIFTを考えてみる」と「政治理論からLIFE SHIFTを考えてみる」ということ。小説の方は、「『地下室の手記』と『LIFE SHIFT』」で考えているのが個人的になかなか面白いなと思っているのですが、『地下室の手記』が全然消化しきれなくて文章にまとめられませんでした。政治理論の方は、新しく本を読んだり、大学時代に読んだ本を読み返したりしています。この辺りもまた少し考えが整理されたら文章にしてみたいと思います。
 
また、社会の変化というマクロ視点については今回は日本の文脈から考えましたが、世界全体の方から考えるというのも面白そうですし、技術の革新という方向から社会の変化を考えてみるというのも面白いと思っています。
 
ということで、特に全体を通してのまとめがあるわけではありません。
まだ考えながらの日々です。
 
縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

縮小ニッポンの衝撃 (講談社現代新書)

 

 

『100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート』で活力資産を貯める生き方を考える − 『LIFE SHIFT』について語るときに僕の語る本 ③

『LIFE SHIFT』について考える記事第3弾。
 
第1弾では、『LIFE SHIFT』の要約をした上で、そこで重要なキーワードとなる「マルチステージの人生」に当てはめながら自分自身の人生の振り返りをしてみました。

 

第2弾では、マルチステージの人生の根底となる「働くこと」について考える際にヒントになる本を参照し、「自分」と「仕事」と「社会」をどのような関係で捉えられるかという部分がポイントになることを考えました。

 
先の2つの記事では主に「マルチステージの人生」というキーワードについて考えてきましたが、本記事では『LIFE SHIFT』において掲げられていたもう一つな重要なキーワードについて考えてみます。
 

「活力資産」は働くことで損なわれる?

『LIFE SHIFT』について考える上で重要なキーワードの2つ目は「無形資産」でした。お金などの有形資産だけでなく家族や友人、スキルや知識、健康といったものをいかに形成していくかが人生100年と呼ばれる長い寿命や、それによって延びる働く期間を渡りきるために重要であるということでした。そして無形資産は、生産性資産・活力資産・変身資産の3つに分けることができます。
 
3つの資産はそれぞれ以下のような定義でした。

生産性資産

仕事に役立つスキルや知識、仕事につながる周囲との人間関係や評判など仕事の成功に役立つ要素

活力資産

健康、友人、愛など、それぞれの人に肉体的、精神的な幸福感と充実感をもたせ、やる気をかきたて、前向きな気持にさせてくれるもの

変身資産

新ステージへの以降を成功させる意志や能力、多様性に富んだ人的ネットワークなど
 
個人的には特に考えなければならないのは「活力資産」だと感じています。
 
なぜ特に活力資産について考えなければいけないのでしょうか。
 
活力資産が重要で、他の二つがそうではないということではありません。
3つ全部重要なのですが、特に活力資産については意識しなければ貯めにくくなりやすいというのが、私のような小忙しく働く日本の若い世代に多く表れている状況なのではないかと感じるからです。
 
どういうことかというと、生産性資産と変身資産は仕事を通じて資産形成していくことがある程度以上可能であるのに対して、活力資産はむしろ仕事に埋没する中で損なわれていってしまうものだからです。
 
第2弾の記事で紹介した『自分をいかして生きる (ちくま文庫)』では
社会に寄った働き方をしていると自分自身との対話がとぎれ、感受性や感情回路の遮断はそのまま全人的な実感の喪失につながりかねない
と、肉体的・精神的にすり減りながら働くことについて考察しています。
 
マルチステージの移行をしながら長い労働人生を進んでいくことになるLIFE SHIFT時代においては、仕事によって有形資産(お金)を築いていくことも重要であると同時に仕事を通じて生産性資産や変身資産も貯めていかなければならないが、心身の健康など生きる上での幸福度に直結しそうな活力資産については働く(働きすぎる)ことにってむしろ損なわれてしまう危険性があるということです。
 
ではどうすれば良いのか。
 
身も蓋もない単純な言い方ですが、適度に働くということかと思います。働くことを含めた「生活」全体のバランスを取ることから考えていく必要があるのではないでしょうか。
 
そんなことを考えるときのヒントになる一冊をご紹介します。
 
100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート

100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート

 

 

『100の基本』とはどんな本か?

雑誌『暮らしの手帖』の編集長を長く務めた松浦弥太郎さんが、ご自身の生活の中で守っている「100個の基本的なルール」について書かれている本です。
 
友人との関係を具体的にどう考えているか。
生活の中でのどういうふるまいや時間の過ごし方を大切にし。
自分が生きているという実感をどのように感じ取っていくのか。
 
そんな生活の中で大切にしていることや気をつけていることが100個書かれています。
 
1ページにルールが一つ記載され、見開きで対になるページにはその簡単な解説という余裕のある装丁と合わせて、ゆったりとした丁寧な生き方を感じる本です。
 
例えば人との関係について。
幸せとは、人と深くつながること。絆を深めること。
「あなたにとって、幸せとは何ですか」、こう聞かれて即答できますか?僕たちはみな、幸せのために生きています。人と自分の幸せのために仕事をし、暮らしています。自分にとっての幸せを知るとは、自分が何を求めて生きているかを知ることです。僕の幸せは人と深くつながること。絆を深めることが一番の幸せです。その先に「幸せな景色」が見えているから、毎日一生懸命に頑張れるのです。
 
「働く」というキーワードに関連してはこんなルール。
働くために遊ぶ
「遊ぶために働く」というのは、ちょっと違う気がします。いい仕事をするには、よく遊ぶべきであり、遊ぶというのはいろいろな経験をするということです。経験を通して身につけた情報は、仕事にも役立ちます。仕事ばかりしている人より、充実した生活をしている人のほうがいい仕事ができ、思いやりや想像力も身につきます。一生懸命遊びましょう。「素晴らしい仕事をしているな」と思う人ほど、大いに遊んでいるものです。
 
仕事人間にはならない。生活人間になる
仕事をとったら何も残らないような人間にだけは、なりたくないと思います。たとえ仕事がなくても、生活を楽しめる人間でありたいと願っています。生活は、仕事を活かす土台です。「優秀だけど、休みの日に会うとつまらない」という仕事人間は、なんとも寂しいものです。
 
などなど。いかがでしょうか。
 

生活のバランスを取るとはどういうことか

人によっては「説教臭い」というようなことを感じる方もいらっしゃるのかもしれません。ただ、私たち一人ひとりが考えなければならないのは松浦さんの「基本」を真似をすることではなくて、自分なりの「基本」を考えてみることだと感じます。
 
先に生活全体のバランスを取ることが必要なのではないか、と書きましたが「生活のバランスを取る」とは必ずしも全員が同じような規則正しい生活を送ればいいと考えているわけではありません。バランスは人それぞれですし、バランスを取るというのは一点に定まることではなく、常に両側に揺れ続けることです(ちなみにこの言葉は第2弾の記事で紹介した『自分をいかして生きる』の中で著者西村さんが仰っていた言葉でもあります)。
 
『LIFE SHIFT』で紹介されるロールモデルの中にも、ステージによっては企業でハードワークをする時期も肯定されています。
 
生活全体のバランスを取るというときのバランスの揺れ幅だって人それぞれで良いというのがマルチステージ時代の多様性であり、「活力資産」の貯め方もまた然りということでしょう。
 
一口に活力資産といってもその要素は、「健康」「友人」「愛」など多岐に渡ります。何をどのくらい重視するのかも人によって変わる部分だと思いますが、「自分の人生において大切なのはどれだろう?」とストレートに考えていくのが難しい場合も『100の基本』のような本からヒントを得ていくということは有効なのではないかと思います。
 
以上、第3弾となる本記事では「活力資産」について考えました。
本記事までで『LIFE SHIFT』で掲げられる重要な二つのキーワードについて考えてきました。二つのキーワードについて丁寧に考えるということが個人の視点としてLIFE SHIFT時代を考える上で大切だと思います。
 
次回の記事では少し視点を変えて、社会全体の視点からLIFE SHIFT時代について考えて見たいと思います。
 
100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート

100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート

 

 

『働く意義の見つけ方』『自分をいかして生きる』で「働くこと」について考える − 『LIFE SHIFT』について語るときに僕の語る本 ②

『LIFE SHIFT』について考える記事第2弾です。
 
昨日の記事はこちら。

 

昨日の記事では『LIFE SHIFT』という本自体のまとめと、そこで語られる「マルチステージの人生」に照らしてこれまでの自分の人生を振り返ってみました。

今日からは、『LIFE SHIFT』の内容をより噛み砕いて考えていくために、私が参考にした本について書いていきます。

「働くこと」について考える

『LIFE SHIFT』を読んででまず強烈に感じるのは「働き続ける必要がある」ということです。もっといえば「自分の生活を成り立たせ続けるためには働き続ける必要がありそうだ」ということ。
 
日々の仕事に忙殺されすぎていたり、仕事の楽しさを見出しにくいという状況にいる人にとっては「働き続ける」というのは苦しい未来と感じるかもしれませんが、著者のリンダ・グラットンはそうではないといいます。自分が何者であり、何をしたいのかを見つめ、一人ひとりが自分の人生の舵取りをしながら関わり合う社会はより活力に溢れた社会であるといいます。
 
とはいえ、じゃあ実践してみようかというときにエクスプローラーとか、インディペンデント・プロデューサーとか急に言われてもなかなか具体的な一歩をイメージすることは難しいのではないかと思います。
 
ではどうすればいいのでしょうか。
 
マルチステージの人生を生きていくためのベースとして著者が指摘するのは「アイデンティティ」です。長い人生を主体的に生きるためには「自分が何者か」というアイデンティティをつねに意識することが必要だといいます。
 
「自分は何者か」
 
ストレートに考えるにはなかなか哲学的すぎる問題です。個人的には哲学するの好きですけど、働くということと合わせて考えるのであれば、いきなり自分に矢印を直接ぶつけるのではなく今自分がやっている仕事の方から考えてみる、というのも一つの方法ではないかなと思います。
 
「いま自分がやっている仕事は、自分にとって、社会にとってどんな意味があるのか?そしてそのことを自分はどう感じるのか?」
 
こうしたことを思考していくことによって「自分は何者か」という問いについても考えていくことができるのではないかと思います。
 
ということで、「働くこと」や「仕事」について考えるときのヒントになった本をご紹介。
 

まず一冊目。 

働く意義の見つけ方―――仕事を「志事」にする流儀

働く意義の見つけ方―――仕事を「志事」にする流儀

 

 

NPO法人クロスフィールズの代表小沼さんの本です。クロスフィールズというNPOは留職という「留学の仕事版」のような事業を行っているNPOです。(クロスフィールズさんのHPはこちら→(http://crossfields.jp/)日本の大企業で働く社員を発展途上国の現地NPOなどに派遣し、現地で働くことを通じて自分のプロフェッショナルとしてのスキルや姿勢で社会課題を解決にチャレンジする機会を提供するプログラムは、自分自身がプロボノとしてNPOと関わることで仕事のモチベーションを維持していたこと振り返ってみても貴重なプログラムだと感じます。
 
そんな事業に取り組むクロスフィールズの代表小沼さんがどのような経緯でクロスフィールズを立ち上げるに至ったか、留職という事業によりこれまでにどんなことが起こってきたのかということが描かれている小沼さんの自伝的な著作です。
 
  • 青年海外協力隊で働いたシリアの人たちから学んだ「社会とのつながりを持つ」という仕事の意味
  • マッキンゼーを経てクロスフィールズを立ち上げるまでの試行錯誤
  • 「社会を変える現場」経験を積むというクロスフィールズの留職事業の事例
 
『働く意義の見つけ方』というタイトルの通り、仕事の意義についてアツい小沼節で書かれています。(小沼さんのブログも大好きで、何年も購読しています。アツい小沼節についてはぜひブログをご覧ください→NPO法人クロスフィールズ 小沼大地のブログ
 
小沼さんがキーワードとしているのは「社会とのつながり」です。
「自分」と「仕事」と「社会」という3つが1本の線でつながっているような状態であることが理想の働き方だといいます。
 
「自分」と「仕事」がつながっているとは、例えば
自分がなぜ今の仕事をしているのかに対して、納得できる答えを持てている
 
「仕事」と「社会」がつながっている状態とは、例えば
目の前の仕事が誰かの「ありがとう」につながっていることを具体的に想像できる

 ということ。

 
この両方のつながりが実現できていてはじめて3つが結びついている理想の働き方であり、現在日本の多くのビジネスパーソン(特に大企業で「目の輝きを失って」働いている人)はこの社会とのつながりを失っているのではないかというのが小沼さんの問題意識であり、「社会を変える現場」を目の当たりにする留職事業はそんな状態に対して小沼さんが提示する解決策の一つです。
 
『働く意義の見つけ方』の中でもう一つ面白いと思ったキーワードは「青黒さ」です。
「青臭さ」と「腹黒さ」を組み合わせた造語で、もともとはリクルートワークス研究所が作った言葉だそうです。
 
小沼さん自身の言葉を少し引用します。
理想や夢、社会の不条理に対する義憤、自らの志といったものをエネルギーにして進む「青臭さ」と、時には根回しや上手い立ち回りもしながら、組織の中で物事を戦略的かつ用意周到に進めていく「腹黒さ」。この一見相反する要素を兼ね備えることこそが、日本社会、特に大きな組織の中でおもしろい何かを成し遂げる人に最も必要な要件ではないかと僕は思う。
 
これは大組織にいるときに関わらず、LIFE SHIFTでいうマルチステージの人生を立ち回っていくためにも非常に大事なことだと思います。
例えば、ポートフォリオ・ワーカーとしてプロボノなどの活動をする際、前提としてプロボノ先の団体に貢献するものでなければならないのは当然ですが、その活動を通して何を得られるか、得ようと思って活動をしているかという視点は重要で、ただ闇雲にプロボノをしていてもおそらく次のステージへの移行のタイミングは訪れないでしょう。
 
 
続いてもう1冊。 
自分をいかして生きる (ちくま文庫)

自分をいかして生きる (ちくま文庫)

 

 

2冊目は、働き方研究家という肩書きをもって活動する西村佳哲さんによる仕事や働き方について考える3部作の2作目。1作目の『自分の仕事をつくる』(自分の仕事をつくる (ちくま文庫))で行った「いい仕事」をする様々な方たちのインタビューを元に、西村さん自身が「いい仕事とは何か?」という問いについて思考を深めていく思索的な一冊です。1作目は就活中に読み、2作目である今作は就職後に読んだのですが、LIFE SHIFTについて考える際にこの本のことを思い出しひさびさに読み返しました。
 
そもそも仕事とはなんだろうか?という問いを丁寧に考えていく西村さんの記述を読みながら、自分なりにあれこれと考えていくのはとても気持ちの良いものでした。
 
西村さんは仕事の成果というのは海に浮かぶ島のようなものだといいます。
 
海上からはほんのすこししか見えないが、島は海の上に突き出た大きな山であり、下には見えない山裾がひろがっている。
 
水面に出ている「成果としての仕事」の下にある山はいくつかの階層に分かれており、上から<技術や知識>、次に<考え方や価値観>があり、そして一番下には<あり方や存在>があるといいます。
 
あり方や存在とは、
 
どんなふうに働いているか。どんなふうに生きているか。毎日の暮らしの中でどのような呼吸をして、食べ、眠り。何を信じ、恐れ。話したり、聴いたり。ほかの人々や自分自身と、どんな関わりを持って行きているかということ。<あり方>とは生に対する態度や姿勢で、そこに自分の<存在>が姿をあらわす。
ということ。
 
仕事とはそれらの山全体のことであり、モノであれサービスであれわたしたちは水面に出た成果としての仕事だけではなく、丸ごと全部を受け取っているのではないかといいます。
 
目の前の仕事すべてに自分の丸ごと全部をさらけ出していく、というのはある意味とても厳しい姿勢だとも思う。
それでもLIFE SHIFT時代を生き抜く姿勢というのはそういうことなんだろうとも思う。
 
エクスプローラーというのはまさに自分なりの考え方や価値観、そしてあり方なんかを模索するステージでしょうし、そのプロセスを経ずにインディペンデント・プロデューサーとして自分なりの仕事を生み出していこうというのもきっとどこか片手落ちな仕事になってしまうのではないかと思います。
 
社会とのつながりという点では西村さんは以下の様な図式を提示します。
 
<社会>ー<自分>ー<自分自身>
 
単に社会対自分という図式で捉えてしまうと、自分か社会のどちらか片方を大切にすると、残りのもう片方を大切にしきれないという状況も生じかねないといいます。
 
「本当はやりたくない」仕事をやらざるを得ないような時、自分の実感を感じていると、働きつづけるのが困難になる。こうした時、その耐え難さを味わう前に「ない」ことにして、とりあえず仕事をす付けるための心理状況が確保されることもあるだろう。<自分自身>に対する感受性にツマミがついていたら、それを0の側へまわして入力を絞るように。問題はこのツマミが、家庭用とか、仕事用とか、恋人用といった具合に細かく分かれていないことだと思う。個人的な経験からの見解だが、仕事における感情回路の遮断は、そのまま全体的な実感の喪失につながりかねない。こうした自己疎外の積み重ねが、場合によっては心身症や失感情症、適応障害抑鬱状態をも招いてしまうのではないか。真面目でかつ能力の高い人。つまり社会の各種矢印に対応出来てしっかり応じようとする人ほど、この困難さを抱えやすい。
 
その自分を、<自分>と<自分自身>に分けて考えると良いそうです。<自分自身>も<社会>もどちらも大切で、<自分>はその間で双方の調和や調停をとるのが仕事である、という図式で捉える、ということ。
 
小沼さんの「自分」ー「仕事」ー「社会」を1本の線でつなぐという考え方、
西村さんの「社会」ー「自分」ー「自分自身」という図式の中で仕事を捉えるという考え方、
どちらもとても面白いと思います。
 
私たちが学ぶべきなのは、これらの図式をがんばって頭に入れようとすることではなくて、「仕事」と「自分」と「社会」をどのように位置づけるかを自分の言葉で説明できるようになることなのだと思います。実感を込めた言葉で語れるように仕事をしていきたいですね。
 

以上です。

 

次の記事では、『LIFE SHIFT』でマルチステージの人生と並んで重要なキーワードとして掲げられていた「無形資産」について考えてみたいと思います。

 

【8/31更新】第3弾の記事を公開しました。

 

22minutes.hatenablog.com

 

 

 

働く意義の見つけ方―――仕事を「志事」にする流儀

働く意義の見つけ方―――仕事を「志事」にする流儀

 

 

 

自分をいかして生きる (ちくま文庫)

自分をいかして生きる (ちくま文庫)

 

 

 

『LIFE SHIFT』について語るときに僕の語る本 ① − 『LIFE SHIFT』のまとめと振り返り

今年の夏は意図的に予定を減らして本を読んだり、考えたりする時間を取るようにしていました。
 
自分で決めたテーマを元に色々なジャンルの本を同時に何冊も読みながら、そのテーマについてあれこれ考えてるというのが習慣というか趣味のようになっているのですが、今年は特に意図して決めたつもりではないのにどうしても引きつけて考えてしまう本があります。
 
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 

昨年11月の発売から話題となっている本です。今年に入っても売れ続けており、各地で勉強会なんかも開かれているようですね。
私は年末年始の休暇中に著者の前作である『WORK SHIFT』(ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉)と2作続けて読みました。
 
いやもう本当に面白い。
これからの時代にとても大事な本だと思います。
 
ぜひ多くの人に読んで欲しいですが、個人的には特に教育に関わる人はぜひ読むべきだと考えています。
自分たちの目の前にいる子どもたちが大人になるとき、彼ら彼女らがいったいどんな時代を生きることになるのか、想像力を持って接するのが誠実な姿勢だと思っています。どんどん不確かさが増していく時代の中で、確かな将来を予想することは難しいですが、だからこそ一人ひとりが想像力を持っていくことは大事だと思います。で、『LIFE SHIFT』という本はその想像するという作業を行うための前提条件というか考えるヒントをくれる本ではないかと。
 
丁度昨年転職をして自分の仕事や人生について考える機会も多かったことから、自分のこれまでとこれからの歩みを『LIFE SHIFT』の文脈に照らして考えてきたのですが、なかなかすべてがストンと腹落ちするわけでもなく、未熟なりに模索している日々の道行きすべてが順調ということにも残念ながらなかなかなりません。むしろ日々の実践については泥沼かと思うほど、足取りは重いことが多いです。
 
それで色々な本を読みながら考え続けていたのですが気づけば今年も後半戦。そんなタイミングで東洋経済が『特集 LIFE SHIFT実践編』という特集号を出したことで、改めて同書自体について考える機会を得ました。
 
この雑誌を読んだことをきっかけに改めて『LIFE SHIFT』についての自分の考えを振り返りながら整理したのですが、今回は『LIFE SHIFT』に関連して読んだ本と一緒に整理してみたいと思います。
基本的に自分の考えの整理のための記事ですが(なので恐ろしく長いです)、LIFE SHIFT時代の日本社会についてや、自分自身のLIFE SHIFT実践についてモヤモヤと考えている誰かのヒントにもなれば幸いです。
 

LIFE SHIFTとはどんな本か

 
さて、前置きが長くなりましたが、まず『LIFE SHIFT』とはどんな本かを簡単に。
 
著者のリンダ・グラットンがまず前提として指摘するのが「超長寿化」です。
2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107歳まで生きると予想されています。
多くの人が100歳を超える人生を生きる時代が到来するというのです。
 
そしてこの「人生100年時代」がもたらすのは「働く期間の長期化」です。
これまでの時代であれば、「学ぶ・働く・引退する」という3ステージで人生を構成すればよかったのに対して、長寿化により延びる「引退期」を支えることが難しくなっていきます。引退期間が伸びればその分必要な貯蓄は増えますし、なおかつ少子高齢化にともない公的年金制度には歪が入り受給年齢の引き上げや給付金額の切り下げが行われていきます。その結果、多くの人が働く期間を延ばす必要があるということです。
 
考えなければいけないポイントはまだあります。これまでの3ステージ型のライフスタイルであれば人生の前半の「学び」の期間に培ったスキルで労働市場に参入し、働きながら深めたスキルをもって約40年程度の労働人生を渡りきることが可能な場合が多かったのですが、今後現役として働く期間がが50年、60年と延びていくと、その間に当然に社会の変化が起こり、一つのスキルセットだけで労働人生を渡りきることは難しくなると、著者は指摘します。単純にいまいる会社で働く期間を何年か伸ばせば良い、という話ではないということです。少子高齢化を背景とする公的年金制度の崩壊や終身雇用制度の崩壊、AI等の技術革新による労働市場・環境の変革などすでに変化が見えてきているものだけでも、社会全体に、そして私たち一人ひとりに大きな影響を与えることが想像されます。不透明な時代を予想するのは難しいですが、少なくとも新卒入社した会社一社に勤め上げる社会人人生というのが社会のスタンダードではないということはいえそうです。
 
同書の中盤以降ではそんな「人生100年時代」を生きる私たちが意識すべきいくつかのキーワードを解説しているのですが、その中でも特に重要だと感じる2つのキーワードについて考えてみたいと思います。
 
まずひとつ目が「マルチステージの人生」
これまでの学ぶ・働く・引退するという3ステージが通用しなくなり、働く期間が長期化する時代においては、学びや仕事のステージをいくつも移行しながら、複数のキャリアを経験していく「マルチステージの人生」へとシフトしていくとのこと。
 
著者は新たに登場する具体的に3つの「ステージ」を紹介しています。
 

エクスプローラ

長期間の旅をするなど、日常生活から離れたところで経験を積み、人脈を広げたり社会に対する見聞を広める時期。
 

インディペンデント・プロデューサー

既存の企業など組織の枠から外れ、独立して生産的な活動に携わる時期
この時期の生産活動は事業の成功自体よりも、やりがいや人とのつながりを重視したものとなることが多いとのこと。
 

ポートフォリオ・ワーカー

企業勤め、副業、NPOでのボランティア、地域での活動など異なる種類の活動に同時にいくつも関わる時期。
お金ややりがい、人とのつながりなどの複数の目的に応じて活動をアレンジする生活となります。
 
3ステージ型の人生では、20歳前後で就職し、60歳程度まで働いて、引退するというライフステージに則り、同世代が一斉行進のように進んでいきましたが、マルチステージの時代においては明確なロールモデルを上の世代に求めることはできなくなり、年齢に関わらずステージを転身していくためより多様な生き方が実践されていくといいます。
 
そして2つ目のキーワードが「無形資産」です。
長く続くマルチステージの人生をしっかりと歩んでいくためにはお金などの有形資産だけでなく、家族や友人、スキルや知識、健康といった無形資産を築いていくことが不可欠だということです。
 
無形資産は次の3つに分類することができるそうです。
 

生産性資産

仕事に役立つスキルや知識、仕事につながる周囲との人間関係や評判など仕事の成功に役立つ要素
 

活力資産

健康、友人、愛など、それぞれの人に肉体的、精神的な幸福感と充実感をもたせ、やる気をかきたて、前向きな気持にさせてくれるもの
 

変身資産

新ステージへの以降を成功させる意志や能力、多様性に富んだ人的ネットワークなど
 
さらにその他にも、マルチステージの移行を促す要素がいくつか紹介されています。
 

アイデンティティ

長い人生を主体的に生きるために、「自分が何者か」というアイデンティティをつねに意識することが必要
 

リ・クリエーション(再創造)

余暇時間をレクリエーション(娯楽)ではなく、リ・クリエーション(再創造)に使うことが必要
 

夫婦の役割分担

夫婦共働きの家庭が増え、夫婦のいずれもがマルチステージの人生を歩んでいくために、いずれかが新しいステージへの以降をする際に互いの役割を調整し、サポートし合うことが必要
 
 
ここまでが、『LIFE SHIFT』で語られる内容についての非常にざっとしたまとめです。
先進国の中でもトップクラスに少子高齢化が進んでいる日本は特にLIFE SHIFTする必要性に迫られているといいますが、皆さんはどのように感じるでしょうか。
 
 
LIFE SHIFTについては東洋経済の特集号が日本の状況に照らして解説を試みています。同書のざっくりとした要約に加えて日本で様々なLIFE SHIFTの実践を行っている人たちの例をわりと多く載せているのでなかなか面白いです。ただ、現在の日本の状況をどのように捉えるか、その中で自分はどうあるべきかはまさに自分のアイデンティティに基づいて考えるべきだと感じますので、人の実践例を参考にするよりは未読の方はまずは原初を手に取り、自分はどこから考えたいかを感じてみることをおススメします。
 
とはいえ、分厚い本ではありますので、なかなか読む暇ないよ!という方でまずそのエッセンスだけを感じたい方は、以下のほぼ日の糸井重里さんと著者リンダ・グラットンの対談記事がオススメです。内容を簡潔に要約しつつ、糸井さんが良い感じに日本の文脈に照らした発言をしていて分かりやすかったです。
 

 
 

私はどんなライフステージ・ワークステージにいるか

 
さて、ここで少し私自身について書いてみたいと思います。これまでやってきたことをLIFE SHIFTの各ステージに則って振り返ってみます。
 

大学時代(2006年4月〜2010年3月):エクスプローラ

  • 筑波大学で社会科学を学ぶ。専門は地方政治
  • 課題活動でボランティア活動に従事
  • ボラティアセンターを学生団体で運営し、地域のボランティアニーズと学生のマッチングやボランティアコーディネートを行う
  • 児童養護施設での学習指導ボランティア。ボランティア先の施設では非常勤の職員も経験
  • つくば市市議会議員の元での議員インターンシップ、市民活動センターでのアルバイトなども経験
 
などなど、細かく書き出すとキリがないのですが、色々とやっていました。
「意識高いね」と言われることもよくありました。(当時は今ほど揶揄的な意味合いは少なかったように感じますが)
 
大学時代というのはLIFE SHIFT的な言い方をすると私にとって最も「日常生活から離れた」時期でした。
ほとんどの学生が大学の宿舎もしくは大学周辺のアパートで一人暮らしをするという筑波大学の環境は、4年間まるごと宿泊学習をしているような生活であり、それまでの人生と大きく変わった生活でした。
また、総合大学であることや課外活動が活発であることとも合わせ、友人や地域の人たちと非常に濃く関わることのできた4年間は私の人生の中でもとても大切な時間となりました。
 
多くの人と時間をともにしながら、一人旅や読書など自分一人での時間も贅沢に楽しむことのできた学生時代は私にとってはエクスプローラーの時期であり、この時期に考えたことや経験したことは現在の私の考えや仕事にも非常に大きく影響しています。
 
 

就職〜社会人6年間(2010年4月〜2016年4月):ポートフォリオ・ワーカー

大学卒業後、私が選んだのは楽天株式会社という会社への新卒入社の道でした。
学生時代にソーシャルセクターに関わる活動をしていたので、NPOへの就職ということも考えたのですが、まずは企業での就職を選びました。
 
なぜその選択をしたのか色々と理由はあるのですが、ソーシャルセクターに関わるのであれば自分なりの武器を身につける必要があるというのが大きな理由であり、当時私が武器として考えたのは「ビジネス」と「インターネット」でした。そんなことを考えながらリーマンショックの余波を食らった就活市場を漂っていた私がたどり着いたのが楽天という会社でした。
 
楽天では新規事業開発系の部門にて主に広告関連のサービスを担当していました。
そして、楽天に勤めていた6年間の間に、会社の外でも様々な活動を行いました。
 
  • NPO向け寄付サイトの立ち上げ
  • 児童福祉分野で活動するNPOでのプロボノスタッフ
  • IT/Web関連の中間支援プロボノNPOの立ち上げ
 
などなど。
将来的にソーシャルセクターに関わることを考えていたのでそのお試し的な活動に様々に挑戦していました。
また、自分自身のスキル磨き用にWordPressでサイトを作ってみたり、ブログを書いてみたりといったこともいくつも取り組んでいました。このブログもそのうちの一つです。
 
こうしてシンプルに文字に書いてみるとすっきりとしたものですが、色々と悩みながら迷いながら本業を含めた一つ一つの活動に向き合っていたのが実際です。
楽天という会社が本業だったので、当然にフルタイム(残業も決して少なくはない)です。『LIFE SHIFT』でいうポートフォリオ・ワーカーというのはもう少し自由度の高いアレンジなのかもしれませんが、現状日本企業に勤めながら実践するポートフォリオ・ワーカーとしては「平日日中フルタイム&平日夜と土日でプロボノ」というのはもうしばらくは現実的で有効なあり方なのではないかと思います。副業を認めている会社も増えていますし、どんどんこの動きは加速していって欲しい。
 
 

社会人7年目〜(2016年5月〜):インディペンデント・プロデューサー

そうした悩みながら進む時期を経て、ついに昨年転職。30歳になる年でした。
株式会社PubliCoという会社に昨年5月に入社し、現在も勤めています。
 
NPOやソーシャルビジネス、自治会など公益的な活動をしている組織に対するコンサルティング支援やセミナー等を行っている会社です。
組織のビジョン・ミッション作りやファンドレイジング(資金調達)の支援といったテーマを扱う他、特に個人的には前職のスキルに関連してWebマーケティングやWebディレクションなどをテーマとした支援に取り組んでいます。
 
ここまでのストーリーだけ見るとなかなか順調に進んできて、きれいにオチがついているような感じもありますが、一人前のプロとしてソーシャルセクターで食べていくというのはなかなか簡単なことではないと感じながら、模索する日々が続いています。
『LIFE SHIFT』について改めて考えるという時間を取ってみて、いまこの時期を自分のインディペンデント・プロデューサーの時期であることを改めて認識し、より実験的なチャレンジをしてみようと最近の関心事を整理し直しているところです。
 
以上、自分のこれまでの歩みを『LIFE SHIFT』のマルチステージに当てはめて振り返ってみました。
ここからはそんな自分なりにLIFE SHIFT的な歩みをしてきた自分が、同書を読んで感じたことや、それを元にさらに考えるためのヒントにした本を紹介していきます。
 
長くなったので続きは記事を分けます。
  • 「働くこと」について考える本
  • 「活力資産」を貯める生き方について考える本
  • LIFE SHIFT時代をマクロ視点から考える本

の3つに分けて更新する予定です。

 

【8/29更新】続きの記事を公開しました。

 

第2弾 

 

  

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 

 
 

2016年読んで面白かった本10冊

2017年一発目の投稿は昨年のまとめから。


昨年は自分の読書のテーマである「他ジャンルを幅広く」があまり実践できなかったのでまとめ記事やらないつもりだったのですが、2014年、2015年とせっかく続けていたので書くことにしました。

 

昨年「幅広く」本を読むことができなかったのは転職を機にインターネットや広告といった仕事関連の本を読むことが多かったためです。
もちろん技術系の本にも面白かった本はたくさんあるのですが、そうした本は対象読者が限られてしまうので対象外としています。
今年は昨年よりも少なめの全10冊(10作品)。「小説・エッセイ以外」「小説・エッセイ」の二つのカテゴリに分けていて、順番は基本的に読んだ順、発売年は昨年とは限らないという点は過去のまとめと同様です。

 

過去のまとめ 

 

 

 小説・エッセイ以外

まずは小説とエッセイ以外の本から。技術系の本は外したのですが、それでも仕事に関係する本が多くなりましたね。転職して仕事で関わる分野が広がった、ということもありますが。

 

はじめてのGTD

全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術

全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術

 

 年初に読んだ本。GTDは就職した年に部署の先輩に薦められて『ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則』を読んでいました。考えることややるべきことが山積みで混乱しているときに改めて、ということで読みました。非常に良い本です。「マルチタスクの重要性」ということが語られることの多い時代ですが、向き不向きはあるにしろ根本的に人間の脳みそはマルチタスクには向いていません。というかコンピュータだって「同時進行する」という厳密な意味ではマルチタスクはやっておらず計算処理を淡々と切り替えながら実行しているわけです。で、そうした切り替えをするときに大事になるのが「今何をするべきか?」という問いを立て、それにきちんと答えるということを続けられるかどうかということ。GTDというのはそれをうまくやるためのシステム作りの本です。単なる心がけの話ではなく、デジタルあるいはアナログの外部装置をうまく利用しながらやるんですよ、という方法論を示してくれます。新しい仕事にも慣れ始め、仕事の仕方を改めていくところなのでもう一度読み返しながら自分のタスク管理をアップデートしたいと思います。

 

21世紀の貨幣論 

21世紀の貨幣論

21世紀の貨幣論

 

 帯に書いてあった“桁外れの知的衝撃!ジャレド・ダイアモンド級!"というキャッチコピーに笑いながらもまんまとハマって読んだ本。アホみたいなキャッチコピーだけどターゲティング上は正しいように感じるのが悔しい。読んだ感想としては「知的興奮」という意味ではジャレド・ダイアモンドに軍配が上がりますが、それでも面白い本であることは間違いない。貨幣の発達として多くの人の頭にある「経済は物々交換から始まり、規模が徐々に大きくなるに連れて、交換をより円滑に進めるための交換の手段となるモノとして貨幣が導入されていった」というのは誤っているというところから始まります。物々交換経済なんてなかった、と。では貨幣の歴史とはどんなものであったのか。貨幣とはどんな機能を持ち、現在考えるべきことは何なのか。ここ最近Fintechが話題になっているせいか貨幣にまつわる書籍も大量に出ていますが、本書は中でも非常に丁寧でオススメ。

 

あなたのまちの政治は案外、あなたの力でも変えられる

先日つくば市長選に当選した五十嵐立青さんの著作。私は筑波大学時代に、当時つくば市議会議員であった立青さんのもとで議員インターンシップを経験しました。ちょうど彼の2度目の市議選の際の選挙事務所スタッフとして様々なことを経験させてもらいました。そうした経緯があるのでどうしても身内褒めっぽくなってしまう部分はぬぐいきれないのかもしれませんが、それを思い切り差し引いても非常に丁寧で分かりやすい、ぜひ多くの人に読んで欲しい一冊です(ステマではないです)。日本では「政治」というとどうしても遠いものと感じてしまう人が多いのではないでしょうか。少しぐらい関心を持っていてもニュースや新聞で語られていることは難しくて分からない、自分が関わることのできるものだなんて考えられない。そうした声を周囲の友人からも聞きます。本書はそうした方に対し、「政治への関わり方」を物語調に丁寧に伝えていきます。トランプ大統領が誕生する今年、"グローバリズムからグローカリズムへ"というのは今年大きなテーマの一つとなるでしょう。日本でも地方創生をはじめ”地域”や”まち"が見直される年になることと思います。私たちの身近な"まちの問題”や"暮らしの問題”にどのように関わっていけば良いのか、ぜひこの本を読んで考えてみてほしいです。特に街づくりや地域おこしということに関わる方は必読です。

 

新版 図解・問題解決入門―問題の見つけ方と手の打ち方

新版 図解・問題解決入門―問題の見つけ方と手の打ち方

新版 図解・問題解決入門―問題の見つけ方と手の打ち方

 

 コンサルタントに転職してすぐに読んだ本。コンサルタントの仕事というのはまさに「問題解決」です。入門と冠される本ですので非常に分かりやすいですが、書かれていることは非常に本質的。「問題とは理想と現実のギャップである」このことを知ることが、非常に重要。コンサルタントも基本的にこの原則から思考を始めることになります。そしてこのことを考える上で必要になるのが「目標ととなるあるべき姿とは何か」や「現在の状態の正しい把握」です。ロジカルシンキングの得意な人が「定義付け」から議論を始めるのはこの思考様式が染み付いているからです。不確定性の多い時代にあっては、「問い」や「理想」を自ら設定する力というのがますます必要になっていきます。最初の一冊にぜひどうぞ。

 

働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀

働く意義の見つけ方―――仕事を「志事」にする流儀

働く意義の見つけ方―――仕事を「志事」にする流儀

 

 この年末年始の読書で最初に読んだ一冊。大企業の社員を途上国のNPO等に送り込んで社会課題の解決に取り組むという「留職」というプログラムを提供しているクロスフィールズというNPOの代表小沼大地さんの著作。2016年最後に読んだ本にしてアツくなる一冊でした。「自分」と「仕事」と「社会」の3つが1本の線でつながっている状態が「働く意義を感じている状態」という定義は非常に納得度が高いです。「社会を変える」ためには想いの力が根底にあること非常に重要ですが、実際にことを成すには青臭い想いだけでは不十分で、戦略的に物事を進めていくある種の腹黒さも必要不可欠。つまり、青臭さと腹黒さをあわせた「青黒さ」とも呼べる力が大切だ、という言葉も非常に同感。2017年は働き方革命も大きなテーマの一つになるでしょう。このテーマを考える際に単に労働時間という視点からだけ考えるのではもったいない。多くの人がやりがいをもって充実した仕事を行っていくために何を考えなければいけないのかアツく、分かりやすく書かれています。おそらく私がこれから会う友人たちに進める機会の多くなる一冊です。

 

 

小説・エッセイ

続いて小説・エッセイから5作品。2016年はこの他に吉川英治三国志を読んだり、電子書籍で安売りしていたのに飛びついて買った昔読んだライトノベルスレイヤーズ)を読み返してみたりと、長編をけっこう読んだ年でしたね。

 

精霊の守り人守り人シリーズ

精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)

 

 全10巻+短編集ということでわりと長いシリーズですが一気に読み切ってしまいました。世界観の作り込みが本当にすごい。昔からファンタジー小説が好きで、ライトノベル含めいろいろと読んできましたが、個人的な好みでは圧倒的一位を奪取する作品となりました。神は細部に宿るなんていいますが、料理や服装といった背景となる文化的な部分などストーリーの本筋に直接は絡まない部分の作り込みが本当に素晴らしく引き込まれます。料理に至っては作中の料理に関する本も出ているぐらいです。いやもう本当に美味しそうなんです。そしてもちろん宗教や政治といった本筋に関わる部分も素晴らしいですし、魅力的なキャラ、戦闘シーン等の描写もとてもうまい。著者の上橋さんは文化人類学者であり、アボリジニの研究などをなさっています。そうした研究の成果が作品作りにもふんだんに活かされており、楽しみながらも考えさせられる部分も多い作品です。チャグムが主人公となる「旅人」の2作品が特にお気に入り。大人にも子どもにもオススメ。

 

セルフ・クラフト・ワールド(1〜3)

 「異世界転生」系の作品を意識的に多く読んでいる中で見つけた作品。いろいろ読んだ中でも特に面白かったです。「セルフクラフト」というヴァーチャルMMOを舞台としたお話で、ゲーム世界のAI生物「G-LIFE」が自律進化を初め、その生物的機能の応用を現実世界に持ち込むことで技術革新が大きく進み、ヴァーチャルゲームの世界は国際競争や国力維持のための重要資産となった、、というような背景で繰り広げられるSF作品です。AIやロボットの自律進化という点もゲーム世界への転生も珍しい設定ではないですが、本作品が面白いのは「民主主義」がテーマとなっている点。言うなれば”AI民主主義SF”。そんなキャッチコピーじゃ誰も読まないでしょうけども。ブレグジットやヒラリー敗北など、従来の流れではあまり考えられなかったような結果が「民主主義的に」出てきて社会システムの綻びが感じられる昨今、民主主義について改めて考えてみる際に小説を読んでみるのも面白いと思います。邪道と感じる方もいるかもしれませんが、SFを題材に未来について考えるというのは、実は非常にシンプルに考えるべきポイントを強調してくれるので面白いと思います。

 

人生なんて無意味だ

人生なんて無意味だ

人生なんて無意味だ

 

 タイトルそのままのド直球のニヒリズムを突きつける児童書。子どもも大人も読むべき。特に日本では大人がこの本を子どもに読んでみなさい、と言える勇気を持つことができるかどうかというところですね。難しいと思いますが。「命を大切にしなさい」とか「人にやさしく」とか「夢を持て」とかいくら学校で言われたところで、子どもたちが片手に持つスマホを覗けば、「死にたい」という悲痛な声に「じゃあ死ねよ」という回答がベストアンサーに選ばれるような剥き出しの悪意(書き手本人は悪意とすら思っていない可能性があるのがまた質が悪い)に触れてしまうのが現在の子どもたちの日常です。どう生きるべきかなんて大人だってわからないし、不安に思っているのだから、だとしたらせめて「分からないということ、不安があるということ」をありのままに伝えるというのが真摯な行いだと、個人的には思います。

 

 

樅ノ木は残った 

樅ノ木は残った (上) (新潮文庫)

樅ノ木は残った (上) (新潮文庫)

 

 山本周五郎の3大長編の一つ。おそらく周五郎の長編では最も有名な作品なのだと思いますが、周五郎を読み始めて約10年でやっと読みました。昔NHK大河ドラマでもやっているそうですね。話の主軸はお家騒動ですので、騒動自体が起こるのは当然終盤、それまでは地味な裏工作が続くのですが、そんなテーマでどうやって一年続けたのか気になります。従来悪人と考えられていた原田甲斐をお家騒動の汚名を自ら被った悲劇の名臣として新視点で描くという試みがなされている作品で、周五郎は何人か同様のことを試みていますが、どれも面白いです。周五郎作品の大きなテーマとして感じるのが「克己」なのですが、世間に悪人と見られている人物が内面でどんなことを考えていたのかという視点はこの「克己」ということが非常に考えやすくなる視点なのでしょう。周五郎の長編作の主人公の生き方は非常に自律的で厳しいものが多い。本作の主人公の甲斐もそうです。その姿勢は3大長編で徐々に強化されていきます。個人的な好みでは『虚空遍歴』、『ながい坂』、『樅ノ木は残った』の順なのですが、周五郎の長編作をどれか一作だけ読みたいと言われたら『樅ノ木は残った』を薦めます。主人公の姿勢と歴史解釈への問いかけ、そしてエンタメ感が一番程よいバランスで実現している作品ということで。

 

走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 村上春樹によるランニングに関するエッセイの名著。先日レビューを書いたばかりなので詳しくはそちらで。 

 

 


以上です。少しでも誰かの読書欲を刺激できたら幸いです。


今年はまた幅広いジャンルを読んで自分の思考を作っていきたいです。
レビューもなるべく書いていきたいと思っていますのでどうぞ宜しくお願い致します。

 

レビュー:『走ることについて語るときに僕の語ること』"走ること"にまつわる素晴らしきメモワール。

気づけば年の瀬。そして気づけば東京マラソンが2ヶ月後に迫っている。

 

人生初の転職を経験した今年は本当に慌ただしく過ぎ去り、本のレビューを書くこともほとんどできませんでした。来年は働くペースを掴み、読書やレビューの習慣も取り戻していきたいと思っております。

 

ということで今年読んだ本の中からのレビューです。マラソン本番も近づいているということでランニング関連の本をば。

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 

走る作家、村上春樹

本書は村上春樹によるランニングに関するエッセイです。

 

村上春樹は走る作家。そのことは知っていたのですが、この本を読んで認識を改めました。

村上春樹は「かなり」走る作家、でした。

 

 

 

 

いやはや。これは相当なランナーです。 市民ランナーとしてはかなり完成された部類に入るでしょう。 (私の基準はサブ4達成できたら市民ランナーとしては完成レベル。サブ3達成者は市民ランナーの次元を超えている)

 

そんな走る作家、村上春樹によるエッセイ。本人曰く、メモワール。

 

春樹ほどではないにせよ、10年以上ランニングの習慣を持っている一人の市民ランナーとして非常に楽しめました。 実は春樹作品はそれほど多く読んでいないのです(『ノルウェイの森』と『海辺のカフカ』という偏ったリスト)が、この人の書くエッセイはなかなか好きです。 以前読んだ『ポートレイト・イン・ジャズ』も面白かった。

 

この人は自分の好きなものへの没頭具合がすごいですよね。本人はただ好きなものを好きなように楽しんでいるだけなのでしょうけど。

 

「春樹が好きでない人でもこの本は好きという人が多い」と聞きました。

 

ランナーが読んでも楽しいですし、 走る舞台(そして「書く」舞台)として登場する世界のあちらこちらの様子も楽しいし、 作家の生活や考えていることを知る文章としても面白いし、 と春樹の小説に比べ読む人を選ばない作品なのは間違いないでしょう。

 

走っているとき人は何を考えているのか

走る習慣をまったく持たない人からよく聞かれる質問の一つに、 「走っているときに何を考えているの?」 というものがあります。

 

春樹もやはり同じようです。というか、私程度でもわりとよく聞かれるので、きっとものすごくたくさん質問されているのではないかと思う。

 

この質問に対する春樹の回答が、秀逸。多くのランナーが共感するのではないか。 3段落に渡ってあまりに共感できる文章が続いていて、どこを引用すべきか迷いますが、一部だけ。 この数段楽は同じことを少しずつ言い方を変えながら語っています。たぶんだけど、何度も同じ質問を受けて、そのたびに考え答える中でできあがってきた回答なのではないかと思う。

 

走っているときに頭に浮かぶ考えは、空の雲に似ている。いろんなかたちの、いろんな大きさの雲。それらはやってきて、過ぎ去っていく。でも空はあくまで空のままだ。雲はただの過客(ゲスト)に過ぎない。それは通り過ぎて消えていくものだ。そして空だけが残る。空とは、存在すると同時に存在しないものだ。実体であると同時に実体ではないものだ。僕らはそのような漠然とした容れ物の存在する様子を、ただあるがままに受け入れ、呑み込んでいくしかない。(P35)

 

すごく、よく分かる。

 

 

走っている時にはわりと色々なことを考えています。仕事のこととか、人間関係とか、趣味のことや、あるいは天気やその日の食事のことだったり。色んなことを考えるけど、その「いろいろ」は自分が意識して選んでいるわけではなく、まさしく雲のようにやってきて、過ぎ去っていきます。何か特定のことを考えたいと思っていても、いつのまにか流れていってしまうということもよく起こります。

 

ただ、それでいて走り終わった後は頭がとてもすっきりする。 そのすっきりとした感じが欲しくて走っているというのも走ることの大きな理由の一つです。

 

結局のところマラソンは、苦しい。

私はこれまでに1度フルマラソンの完走経験があり、人生2度目のフルマラソンとして2017年の東京マラソンに挑戦します。いろいろ理由があって挑戦することになったのですが(【東京マラソンチャリティクラウドファンディングに挑戦】【一人前の公益組織コンサルタントを目指して】 - 朝ぼらけタイガー)、正直最初のフルマラソンが終わった時点では「もう2度と走りたくない」と考えていました。 ものすごく、苦しかったのです。そして走り終わった後は膝がボロボロでした。

 

毎年フルマラソンを走るようなランナーともなると、あんなに苦しくはないんだろうなと期待を込めて読み進めていったのですが、どうやらその期待はハズレのようです。

 

前回の私のレースで苦しかったのは、32、3㎞地点ぐらいからの最後の10㎞ほど。後から確認すると走る速度はほとんど変わっていなかったのですが、とにかく苦しかった。全身が走るのを止めたがって悲鳴を上げているような状態だったのですが、何度走っても、どれだけ練習しても、一緒らしい。

 

やれやれ、もうこれ以上走らなくていいんだ。(P99)

 

最後に思うのはやっぱりこれなのか、と。

人間の身体の構造上30㎞程度までが健康的に走れる限界なんじゃないかと思う。

 

結局のところ、苦しい。

それでも走るのをやめようとは思わないんですよね。

 

でも「苦しい」というのは、こういうスポーツにとっては前提条件みたいなものである。もし苦痛というものがそこに関与しなかったら、いったい誰がわざわざトライアスロンやらフル・マラソンなんていう、手間と時間のかかるスポーツに挑むだろう?苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているという確かな実感を、少なくともその一端を、僕らはその過程に見いだすことができるのだ。生きることのクオリティーは、成績や数字や順位といった固定的なものにではなく、行為そのものの中に流動的に内包されているのだという認識に(うまくいけばということだが)たどり着くこともできる。(P251)

 

たぶん、そういうことなんだろうと思う。

 

「走り始める理由」と「走り続ける理由」

なんで走るのか。とくにフルマラソンなんて思い切り苦しいのに。理由は人によってさまざまあるのだろうけど、ざっくりといってしまえば「楽しいから」の一言に集約されるのではないかと思う。

 

そう、マラソン・レースは楽しんでこそ意味があるのだ。楽しくなれけば、どうして何万人もの人が42キロ・レースを走ったりするだろう。(P197)

 

苦しいけれど、楽しい。 苦しさが楽しいわけではなく、苦しさもあるけれど楽しい、ということ。

 

「楽しさ」という単純化された感情以外は人によってさまざまでしょう。

 

さまざまな走る理由を考えるとき、多くの人の場合「走り始める理由」と「走り続ける理由」は別々ではないかと思う。

 

春樹の場合は、専業小説家になったときの体調の維持のためのスポーツとして仲間や道具の要らないマラソンは都合が良かった、というのが走り始めた理由であり、走り続けるのは、小説家として必要なものを走ることから学んだり、走ることによる「空白の獲得」や「生きているという実感」を得るためということです。

 

私の場合高1の終わりで運動部を止めギター部に転部したのを機に、自分で運動をする習慣を続けねばと思い一人で手軽にできることとして選んだのが走るでした。それに加えて、クソ真面目に育った高1の自分にとって「夜の街に一人で」ということ自体が楽しかった。例えそれが遊びでなくて走ることだとしても。その後走り続けているのは、運動のためというのももちろんあるけれど、それ以上に「空白の獲得」や「生きているという実感」という部分が大きい。

 

思うに、走り初める理由は本当に人によりさまざまだけど、その先走り続けている人というのはある程度似た感覚を共有し、それを理由に走っているのではないかと、この本を読んで春樹の描写するいろいろな感覚に強く共感しながら思いました。

 

そのうちまた読み返したい本です。

 

以上。 久しぶりに書いたらなんだか長くなりました。 レビューを書く感覚も少しずつ取り戻していきたいですね。 ではまた。

 

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 

8月の走行距離は131.8㎞でした

東京マラソンへの出場が確定して1ヶ月が過ぎました。

 

9月も1周間過ぎてしまいましたが、8月のトレーニングの振り返りです。

 

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8月の月間走行距離は、131.8kmでした。

 

ここ最近ずっと100km超えることなんてまずなかったのでまぁまぁ走れたなとは思うのですが、目標は150kmだったので、達成率でいうと約88%で未達でした。

 

以下、ざっくり振り返り。

 

インターバル走とビルドアップ走

先日読んだ小出監督の本(レビュー:『マラソンは毎日走っても完走できない』ポイントは「つくる」「ほぐす」「維持する」)に従い「脚を作り、心肺機能を鍛えるためのトレーニング」ということを意識して紹介されていた2種類のトレーニングを採り入れました。

インターバル走はハイペースとゆっくりペースを交互にやるというもので、ビルドアップ走はゆっくりペースからスタートして徐々にスピード上げていってトップスピードでゴールというもの。どちらも短時間、短距離でも心肺を追い込むことができるという特徴があります。これまでは気分転換にということでしか走ってなかったのですが、鍛えるという視点で走り出すとまた違った感覚で楽しいです。総距離がまだ絶対的に足りていないのでたまにしかやってないのですが、短時間しか時間取れなくてもトレーニングできるということが分かると気持ち的に余裕がでます。

 

Runtastic導入

これまでRunkeeperだったのですが、Runtasticに乗り換えました。Runtasticの「インターバル走」と「音声コーチ」の機能が良い感じで、前述のインターバル走をやるのには最適です。個人的にはビルドアップ走はなんとなく感覚でいけるのですが、インターバル走は時間か距離を細かく測る方がやりやすいので便利なアプリに頼ります。

例えばRuntasticでは25分と40分のインターバル走があるのですが、25分版では10分ジョグの後、1分ハイペース&1分ゆっくりを5セット、5分クールダウンという立て付け。1分ごとに音声案内が入り、「3,2,1,...Go!」と煽ってくれるのが超楽しいです。

 

7〜12kmの平均ペースが5分30秒程度に

インターバル走の効果が出ているのかトレーニングしようという意識のなせる業なのか平均ペースが上がりました。これまで5分40〜6分くらいで走ることが多かったのですが、5分30秒まで上がってきました。本番ではいちおうサブ4が目標なので、もう少し上げて平均5分20秒で15〜20km行けるようになるとだいぶ良いと思う。ここからまた追い込むのは辛いけども。まぁ私の場合体重落とせばそれでいける気がしますが、なかなか減らないもので。。

 

出張ランが楽しい

「旅先で走る」というのにずっと憧れていたのですが、これまでそんなに余裕のある旅行をすることができませんでした。

ちょうど地方出張の多い仕事になったということで憧れを実践することに。

8月は島根県雲南市斐伊川沿いを8kmと、京都で東寺〜鴨川沿い〜京都御所まで10kmの2度の地方ランをすることができました。いつもと違うところ、しかも良い景色を見ながら走るのすごい楽しいです。いつも走る時間取れるわけではないというか京都なんかは完全に睡眠時間削って走ってましたが、無理のない範囲で続けていきたいです。

 

一人前の公益コンサルタントを目指して

ちなみにといいますか、今回の東京マラソンチャリティランのそもそもの目標は「一人前の公益コンサルタントになる」です。忘れてません。

そちらの方の振り返りも少しだけ。

 

がんばってはいますが、なかなかうまくいくことばかりではない。ですね。

 

思うようにできないことが多くなかなか厳しい毎日です。根本的に楽しいのでまだまだがんばりますし、がんばり足りないのですが、メインKPI的なところの達成率で言うとなんと驚愕の0%達成のクソっぷりでありましたし、もろもろ成長不足を痛感する日々です。正直、精神的にも頭の回転的にもエンストしかけていた日の多かった8月でした。エンストの原因が自分でもよく分からず困っていたのですが、月末にエンジンをかけ直すことができた気がしています。走って落ち着いて考えてみれば何事もそんな器用にできるタイプじゃないので愚直に真摯にやるしかないのでした。とにかくまたアクセル踏み込んでいければと思っています。

 

ということで、月一のトレーニングレポートは今後も続けていきたいと思います。